TOV
□蛍火
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少し前から気になってはいた。
時折おっさんが胸を押さえているのを何度か目にしていたからだ。
何度かその事を指摘したりもしたがいつもの調子でのらりくらりとかわされてしまい、無茶だけはしないように、と釘を刺すくらいしかできなかった。
「だ〜いじょうぶよ、青年は心配し過ぎ!」
「そりゃ心配にもなるだろ。・・・マジで何ともないのか?」
「ないない。マジに何ともなってないわよ。万が一の事があってもリタっちだっているんだし、大丈夫」
「まあ・・・おっさんがそう言うならいいけどよ・・・・・・」
そうして俺は撫肩な小さい身体を抱きしめた。なんだかまた痩せたような気がする。ちゃんと食ってんのか?このおっさんは。
「・・・ユーリ?」
「・・・・・・心配・・・なんだ、あんたの事」
災厄から世界を救ったところで俺達の生活は以前のそれに戻った訳じゃない。
むしろ今の方が色々とやる事が増えて大変なくらいだ。
魔導器がなくなったせいで世界各地で色々な問題事が起きている。
人々が最低限の生活をしていく為には、その問題を一つ一つ解決していかなくてはならない。帝国とギルドは互いに手を取り合い、奔走し続けていた。
俺も、そしておっさんだって例外ではない。
帝国騎士団隊長として(本人は辞めたと言い張るが)、ユニオン幹部として、二足の草鞋を未だに履き続け忙しい日々を送るこの男の身をずっと案じていた。
どんなに自分が無理をして限界を超えていたとしてもそれを本人が全く表に出さない為、こうやって無理矢理確認するしか方法がないのだ。
「青年、大袈裟・・・」
「あんたが悪いんだ。いつもちゃんと言わねぇから」
俺を見上げた時に見せたおっさんの笑顔がひどく頼りな気で。
「・・・それを言われるとおっさんも弱いけど・・・。でもほんとに大丈夫なのよ。青年に無理してるとこ見せたって仕方ないっしょ」
どうだか・・・。
だがこれ以上言ってもどうせ本人は口を割らないだろう。後でリタにも気ぃつけてもらうよう言っとくか。
せっかく二人の時間を持てたんだ。明日の朝にはまた別れ別れになる。
短い逢瀬の時間が少しでも惜しい俺はもう一度おっさんの身体を強く抱きしめた。
その日は嫌味なくらいに晴れた日だった。
俺達を中心に大変な人だかりができていた。
カロルが泣いていて、そんな首領の肩を支えながらエステルが白いハンカチを口に押さえて嗚咽を堪えている。
ジュディは泣きじゃくるパティをしゃがみ込んで優しく抱きしめていた。
リタは白い箱に向かって文句を言いながら泣いている。
「なんで・・・っちゃんと言ってくれなかったのよ!あたし、あたしっ・・・そんなに頼りなかったの・・・?」
「リタ・・・」
フレンがリタの肩に手を置いた。
「もしかしたらっ、もしかしたら・・・助けられたかもしれないのにっ・・・・・・う・・・ううっ・・・」
そのまま少女は親友に縋って声を詰まらせた。
「シュヴァーン隊長・・・」
かつてその名で呼ばれるのを拒まれていたというのに、フレンはリタを抱きながら悲痛な顔で呟いた。
「皆様、お別れを・・・」
司祭が最後の別れを促した。
天然殿下やハリーの姿もあった。まずはその二人から白い花を持って箱へと近づく。
そしてカロルが、エステルが、皆が・・・次々と先の二人に倣って手元の白いそれを箱へと放る。
あの花・・・。
確かレイヴンの好きな花だった、っけか・・・。いや、違うな。おっさんの想い人が好きな花だったっけ?・・・・・・んな事どうでもいいか。
とりあえず、大量の花は今日の朝早くにカロルとエスエルとジュディやユニオン連中で摘んできたんだそうだ。
あまりそういうのに反応しなかったおっさんが、唯一嬉しそうな笑顔を見せた花だったから。
リタとカロルとパティがなかなか箱から離れない。ずっとずっと泣きじゃくっていて、どかそうとしていたエステルも我慢ができなくなったのか、その場にしゃがんで声を上げて泣き出してしまった。
ジュディが一人一人に声をかけ、俺の隣にいたラピードも応援に行くべくそっちへと走り出す。
俺達の周りを騎士団の連中やユニオンのギルド達が取り囲んでいた。
シュヴァーン隊のあいつらもいるのかもしんねぇが、ここからでは全く分からない。
ラピードに気づいたジュディが俺を振り返ったけれど、結局名を呼ばれる事はなかった。
「シュヴァーン隊長に敬礼!」
フレンが鼻を詰まらせた声で号令をかけると、騎士達の規則正しい鎧の鳴る音が聞こえた。
たくさんの泣き声や嗚咽、鼻を啜る音。
俺はただ立ち尽くしてそれを見守る事しかできなかった。
ああ、ちくしょう。
ほんとになんて晴れた日なんだ。
なあ、今日は暖かい日だぜ、おっさん。
寒いのが苦手なあんたでも過ごしやすい日だよ。
だってもうすぐ春が来るんだ。
無理は絶対させねぇ。問答無用で養生させてやる。
仕事はしばらくオフにさせんぞ。
それであんまりできなかった蜜月って奴を俺と過ごしてくんねぇか。
かつてないくらいにいちゃついてやろうぜ。
・・・はは、皆呆れるだろうな。
だからほら。
もう一度俺の前で笑ってくれ。
腐っていた俺にジュディが片手を出せ、と言った。
「・・・なんだ?」
「形見分けよ」
そうして赤い欠片を俺の手の平に乗せた。
「これ・・・・・・」
呆然と見つめる俺に彼女は微かに笑った。
「おじさまの」
「・・・そうか・・・・・・。すまねぇな、チビ達の面倒見させちまって」
「あら、ラピードも手伝ってくれたから。フレンはさすがに立場上、ね」
「ああ」
「座ってもいいかしら?」
「どうぞ」
そうして俺の隣に腰を下ろしたジュディは皆泣き疲れて眠ってしまったわ、と続けた。
「今はラピードが見ていてくれてる」
「そっか」
しばらく無言の時が続いた。
いつまで二人でそうしていただろう。
沈黙を破ったのはジュディだった。
「明日・・・」
「え?」
「・・・明日テムザへ向かうわ。おじさまはあそこにもきっといたい筈だから・・・。あなたも行くでしょう?」
「・・・・・・・・・ああ」
俺がそう答えると、ジュディは俺が席を外している間に決まった事を教えてくれた。
燃えなかったおっさんの魔導器は砕かれ、俺達だけが一欠片ずつ持たされた事。
骨はドンの墓の隣へ。おっさんの帰る所はダングレストだと言っていた意思を尊重して。
騎士団隊長首席であった時の鎧は騎士団の慰霊碑、前騎士団長の石碑のある隣へ埋められ、その上にシュヴァーン・オルトレインとしての名が刻まれた石碑が建つ。
そして残った魔導器の欠片をテムザへ。彼がかつて命を落とした場所。そして生還した場所。
そうして全て語り終えた彼女は立ち上がった。
「ちゃんと、泣いた方がいいわよ。楽になれないわ」
「ジュディもな」
「あら、私は充分過ぎる程に泣いたのよ。心の中でね」
悲しそうに歪んだ笑顔、眉間に寄せた皺。彼女のこんな辛そうな顔、そういや見たことなかったかもしれない。
おやすみなさい、そう言残しジュディは去って行った。
手に残った赤い欠片を見つめる。
まだ、信じらんねぇよ。あんたがこの世にいねぇなんて・・・。
でも、この赤いのは紛れもなくレイヴンであった証。
俺はそれを強く強く握り締めた。
なあ、あんた、ちゃんと幸せだったか?
最期にちゃんとそう思えたか?
ああ・・・でも・・・・・・と俺は思い出す。
ちらりとしか見なかったおっさんの顔、ちょっと微笑んでたようにも見えた気がする。
いつの間にか視界が緩んでいる事に気づいた。
握っていた欠片が熱を持っているように感じて・・・それはおっさんを抱いていた時に触れた心臓魔導器の熱さに似ているようで。
「青年」
「ユーリ」
おっさんの声が木霊した。
楽しそうな嬉しそうな、優しそうな辛そうな、悲しそうな慌てたような、真剣なおちゃらけた、誘うような。
レイヴン・・・・・・・・・。
あんたが・・・・・・どうしようもなく、好きだよ・・・。
そして俺は涙が止まってくれるのを、唇を噛み締め堪えながら待った。