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「バレンタインの日にはユーリにうち特製のチョコレートをプレゼントするのじゃ!」

パティが目を輝かせて力強く言った。


ああそうか、もうそんな時期なんだな・・・。

ぼんやりとそれを聞いていたフレンは心の中で呟く。


「パティの手作りかぁ・・・。きっとすっごく美味しいんだろうね!」

夢見るような声で返したのはカロルだ。

パティの料理はパーティーで一番。その腕を見込まれて帝国にギルド、色んな所からお声がかかる程である。

「心をこめて料理するのじゃ!心配せんでも、皆にも作ってやるぞ。義理になるがの」

「やったね!十分だよ!楽しみにしてる」

「ふふふー。これでユーリの心を鷲掴みなのじゃ〜」

くるくると嬉しそうにその場で踊る少女を笑顔で見つめていたフレンは溜息をついた。

「バレンタインか・・・」


自分の想い人は親友のように甘党ではない。

むしろチョコレート等菓子類は苦手な方だ。しかし。大好きなあの人に自分も何かしたい。

いつも想っている事、尊敬している事、普段伝えきれない気持ちを形にしたい。


そして更には。

あの人の心を鷲掴み・・・・・・。あの人の心を鷲
掴み・・・。あの人の心を・・・。あの人の・・・。


急に俯いてぶつぶつ言い出したフレンを心配したカロルがそっと声をかける。

「あ、あのー・・・フレン?」

キラリと瞳が光ったと思った次の瞬間には、フレンは未だに小躍りしているパティの腕をがしぃぃ!!と掴んでいた。

「うぇ?」

目を白黒させて驚くパティの肩をそのままぐ
らぐらと揺らす。

「パティ!僕も君に付き合わせてもらってもいいかな!?いいよね!?お願いだよ!!」

「ちょ・・・ちょっとちょっと!フレン!落ち着いて!」

「あぅ〜・・・」

フレンの後ろからカロルが隊長服を目一杯引っ張り止めていたのだが、パティはぐらぐらと揺れて目を回していた。




衝撃的事実を知らされたレイヴンの顔は少し青ざめていた。

「おっさん、喜びで顔色悪くなってんぞ」

「あら、ほんと。嬉しくて感激してるのね。いいわね、恋って」

「おたくらほんっと鬼畜ね・・・」

にやにや顔でからかってくるユーリとジュディスに上手い返し文句も思いつかず、レイヴンは疲れた声で答えた。

「よかったじゃねぇか、それだけあいつのおっさんへの愛が偉大って事だろ」

ユーリがしたり顔で頷きながら肩をぽんぽん叩いたが、レイヴンは全くもって嬉しくない。

「他人事だと思って・・・。おっさんはバレンタインの日に死ぬかもしれないのよ。青年はそれでもいいのっ!?」

「だって本当に他人事ですもの。まあ胃薬くらいは用意しておいてあげる」

「ま、いざどなったらエステルの治癒術もあるしな。背中は任せとけ」

「トホー・・・」

「ま、まあまあ。今回は一応パティもついてますし・・・そんなに酷い結果にはならないと思いますよ?」

項垂れるレイヴンに優しく声をかけたエステル。

「そうよねっ!?大丈夫よねっ!?嬢ちゃん、いいこと言うわ〜。おっさんちょこっと元気出たわよ〜」

「いやいやいや。わっかんねーぞ、相手はあのフレンだしなぁ」

「しくしく・・・」

「もうっ!ユーリ!」

「バカっぽい・・・」



リタの冷たい視線を受けながらレイヴンは涙を拭った。

彼ら凛々の明星一行と行動を共にしてそれなりの月日を重ねた。

過去も色々ある自分だが、今はある青年と情を交わしている。
礼儀正しく真面目で、笑うとまだ幼さが残る・・・彼はまだ22才だったか。

自分とは13才差・・・年下はないと思ってたんだけどねぇ・・・。

騎士団の隊長であった頃にももちろん面識はあったが、まさかこんな仲になるとは思いもしなかった。

まあ彼の想いは隊長首席としてのシュヴァーンに対する憧れが多分に含まれているのであろう。
そんな風に想ってもらえるほど自分には価値がないと思いながらも、寄せてくれる好意は嬉しいものだ。

しかしまさかバレンタインでチョコレートとは・・・。

一緒に行動するようになって彼の料理は何度となく口にしている。


とにかく酷い。

何が?と詳しい内容に触れてすらほしくない程に酷い。


普段パーティーメンバーがどれだけ彼の料理を妨害しようとしても結局失敗に終わり、全員が胃薬にお世話になる事も珍しくはない。
味覚音痴な事に全く自覚のない彼を誰も止められないのだ。

味見をせず、レシピの通りに作れば成功率は格段に上がるのだが・・・味を確かめたいと思うのは、料理をする者として当たり前の心理である。


これはフレンちゃんをこーなるまで放っておいた、親友の青年に非があると思いたくなっちゃうわよ、俺様は。

とレイヴンが恨めしくユーリを見つめれば、彼は大きな瞳を瞬きさせた。

「・・・なんだよ、おっさん」

「いやなーんでも。青年はいいわよね、パティちゃんの手作りだもんね。おっさんもそっちがいいわぁ〜。はぁ〜・・・」

「レシピ通り作ればそこそこなんだから、パティの言う通りすればなんとかなると思うわ」

「ジュディスの言う通りですよ。フレンはやれば出来る子です!」

わいのわいの騒ぐ仲間をリタは半眼で見つめていた。

「・・・やっぱりバカっぽい・・・・・・」




当日。


気を利かせたメンバー達は色々な理由をつけて、レイヴンとフレンを宿屋の一室に二人きりにすべく出て行った。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


ち、沈黙が痛い・・・。


レイヴンは溜息を鼻から少しずつ抜いた。

目の前のフレンは少し緊張した面持ちで小さな包みを抱えていた。

昨夜は遅くまでパティと一緒に調理場に籠っていたようだ。
結局ブツが成功したのかそうでないのか、パティにこっそりと聞く暇もなく彼女は外出してしまったので、最早自分の口で確かめるより他ない。


ええい!ままよ!!


レイヴンは腹を決めた。




一方。


「結局、守備の方はどうだったんだ?」

むぐむぐとチョコレートを頬張りながら、ユーリは隣のパティに訊ねる。

「それは例えユーリでも教える訳にはいかんのじゃ〜。今からのお楽しみじゃからの。うちはホタテ貝よりも口の固ーい女なのじゃ」

口の端にチョコレートをつけながらパティが腕組みしながら答えた。

「もったいぶってんじゃないわよ、余計に気になるじゃないのよ」

「あら?リタは全く興味がないと思っていたのだけれど?」

ジュディスの言葉にリタは慌てた様子でまくし立てた。

「・・・!そっ、そうよっ?気になるったって、ほんのちょこっとだけよ!」

「その割には・・・こういうのは作っちゃうんだね・・・って、痛っ!」

「ガキんちょは黙ってなさい!」

「も〜。殴らなくたって・・・」

涙声で抗議の声を上げたカロルに、チョコレートをつまんでいたエステルがしっ、と遮った。

「声がします・・・」

「エステルも意外と乗り気よね」

ふふふ、とジュディスが微笑んだ。


用事があると出て行った全員は隣の部屋へ集合していた。

実は、レイヴンとフレンの居る部屋の壁側にはある魔導器がこっそりと取り付けられている。

この短期間でリタが作り上げた特殊な魔導器で、僅かな音や声も拾い上げ、別の場所に居てもその場の会話が聞こえるという代物である。

フレンが作ったものがどれ程のものなのか、皆が皆、気になっていたという訳だ。
結果はパティと神のみぞ知っている。

そこでパティが作ったチョコレートや菓子をつまみながら、この部屋で鑑賞会となったのだ。

皆、固唾を呑んで隣の部屋の会話を聴く事に集中した。




「れ、レイヴンさん。あの・・・」


き、来たっ。


レイヴンはなんとか笑顔を浮かべる努力をするが、頬は引きつりまくっている。

「僕の気持ちを・・・受け取っていただけますか・・・?」

「あ、うん。フレンちゃんからの愛のプレゼントなら喜んで」

「よかった・・・」

緊張に強張っていたフレンの顔に安堵の色が差す。柔らかい笑顔が溢れた。

そんな笑顔を向けられたならレイヴン自身、チョコレートの味なんてどうでもよくなってしまう。

自分の為に彼が一生懸命作ってくれたものなのだ。


ユーリの言葉が思い出された。

「それだけあいつのおっさんへの愛が・・・」


まだまだ俺も捨てたもんじゃないわね・・・。


「ありがとうね、フレンちゃん」

嬉しさで自然に笑みがこぼれた。

「いえ・・・。お口に合うといいのですが・・・」

照れているフレンを見つめ、レイヴンはウインクをした。

「大丈夫よ。フレンちゃんのたっくさん愛のこもったチョコが美味しくない訳ないじゃない」




「くそ。能書きはいいから早く食えよ、おっさん!」

「ちょっと、ユーリ、S発言すぎ・・・」

「でもほんと、早く食べてくれないかしら?」

「ドキドキします・・・」

「皆釘付けなのじゃ」

「アンタは一人余裕ね」

隣の部屋の緊張は今や最高潮に達していた。




がさ・・・と包みを開いたレイヴン。

見た目は・・・普通だ。

「い、いただきます・・・」

小さな塊を一つつまんで口に入れた。




「どうだ!?どうなった?」

「ちょっ・・・ユーリっ!」

「しっ、静かにっ」




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


あれ?


むぐむぐと口を動かしながら、レイヴンは首を傾げた。

「どうですか・・・?」

フレンの心配そうな瞳と視線が重なる。


レイヴンは彼を安心させるように、その日一番の笑顔で、親指を立てて嬉しそうに笑った。

「とーっても美味しいわよ。おっさんへの愛をいっぱい感じるわ」

「よ、よかった・・・」

嘘でもお世辞でもなかった。

正真正銘、美味しかった。


「本当にありがとう、フレン」

そうしてレイヴンは照れ臭そうに、フレンの唇に口づけた。




隣の部屋では皆が脱力していた。

「フレンのチョコレートの出来は成功だったんですね」

エステルが嬉しそうに言った。

「なのじゃ!うちの言う通りに作らせたからの。フレンには味見をさせとらん」

パティがうんうんと頷けば、カロルもそうかぁ、と微笑んだ。

「さっすがパティだよ!」

「くそー・・・そういう事なら最初っから言えよな」

「賭けは私の勝ちね。ここしばらくのギルドでのユーリの報酬は私のものよ」

深く項垂れるユーリと対照的に微笑んだジュディスを見て、リタは溜息をついた。

「アンタら・・・そんな事賭けてたのね・・・」

「・・・ユーリのあの必死さの意味が、今分かったよ・・・」

と、疲れた声でカロルが呟いた時だ。




『あ・・・っ、ちょっ!フレンちゃ・・・』

『レイヴンさん・・・』

『ま、まだ昼っ・・・駄目だって・・・』


隣の部屋からはハートが溢れてきそうな雰囲気が。




「わーーーーーっ!!!!!」


ユーリは大声を上げた。

エステルは慌て両手でカロルの耳を塞ぎ、ジュディスもパティの耳を塞いだ。

「ひ、昼間っからなに考えてんのよ!アンタの親友はっ!」

顔を真っ赤にして怒鳴るリタに困ったように頬をぽりぽりと掻いたユーリ。

「んな事言われてもなぁ・・・。そこは俺の責任じゃねーし」

「とっ、とりあえず、場所を移動しませんかっ?」

困り顔で言うエステルに頷いたのはジュディスだ。

「同感ね。子供達の教育に悪いわ」





レイヴンの辛そうな声は放っておいて、楽しい鑑賞会はこれにて終了。



お後がよろしいようで。





レ「ぜんっぜんよろしくないわよっ!!」
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