TOV

□想い
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使う主を失った部屋はしんと静まり返っていた。

表にはかつて交代で見張りをしていた親衛隊の姿もなく。

かといって今回の事件の首謀者の部屋だと言うにも関わらず、捜索すらされていない。


まあ、本人がどこに居るかもはっきりしてんだし、ここは後々手が入る事になるんだろうけど。

レイヴンは真っ暗の中にただただ佇み、室内を見渡していた。


広い広い大きな部屋。

帝都に戻ったら一番に訪れていた部屋。

どんなに夜分遅くに訪れても、部屋の灯りはついたままだったし、大きな執務机にはいつもたくさんの書類が積み上げられていて、革張りの椅子は品があって大きな身体のあのひとをしっかりと受け止めていた。

別にこれといったいい思い出がある訳じゃない。

そう、むしろ辛かったりいたたまれない気持ちにさせたり、嫌な感情になるものばかりだというのに。

それでも、自分はいつもこの部屋へと一番に足を向けた。

迎えてくれるあのひとが自分を労る事も労う事もせず、ただただ冷たい瞳で迎え入れるだけだったとしても。

自分だって生きる屍だと思って感情すら持たず接していたんだから、同じようなものなのだ。


なのにやっぱり、彼をまだ想っているなんて。

けじめをつけに行くんじゃなかったのか。どうして今になってこうも感傷的になるのか。

自分は捨てられてしまったのに。

自分はもう新しい道を選んで歩き出そうとしているのに。


夜目にも高級品だと分かる、艶のある滑らかな机の表面に指を滑らせた時。

ぱっと部屋中が明るくなった。

「こちらにいらっしゃったんですね。少し、探しました」

ほっとしたように息をついたフレンがドアの近くで立っていた。

「あれあれ〜?俺様をお探し?騎士団団長閣下代行殿」

にぱっと笑顔を作ってそう言うと、フレンは面食らったように目を瞬かせる。

「じょ、情報が早いですね……」

「うん、さっき青年に聞いた。昇格おめでとう」

せっかくの賛辞を投げかけたのに、フレンは悲しそうに首を横に振って瞼を伏せた。

「いえ…エステリーゼ様救出も、帝都解放も、あなた方がされた事です。僕は何もしていない。それに団長代行に選ばれるべきはあなただ、シュヴァーン隊長」

「もう、だから俺はシュヴァーンじゃないって」

「それでも、僕にとってあなたはずっと尊敬する隊長でもありますから」

話が堂々巡りになりそうな気まずさから、レイヴンは話を逸らす事にする。

「こほん……っていうか、前団長の執務室でする話じゃねーわね」

「まったくですね。休みかけたユーリにしつこく居場所を聞いてあなたを訪ねたのに、そこには誰も居ないし…まさかと思ったら灯りも点けずにこんな場所にいらっしゃいますし」


本当に自分を探していたのだ、という事実にレイヴンは少し驚いた。

「どったの、本当に。今や俺様より位の高くなったフレンちゃんに元隊長首席のお話なんて不要でしょうに」

「いえ、していただけるのなら時間の許す限りご教授願いたいところですが」

眉を下げながら苦笑してこちらへと近づいて来るフレンを見守りながら、レイヴンは首を傾げる。

「すみません、いつ言うべきかずっと迷っていたんですが……」

そうして彼の腕の中にレイヴンは閉じ込められた。


え?え?

フレンの唐突の行動に頭が追いついて行かない。

ぎゅ・・・と強く抱きしめられている、という事に遅まきながら気づいた時には顔はぼぼん、と火を噴きそうなくらいに真っ赤になった、と思う。

「ずっとお慕いしていました……」

耳の近くでそう囁かれ、驚く間もなく口づけられた。


え、えええええええーーーーー!?

唇はすぐに離れたが、身体は密着されたまま、また抱き込まれる。

「ちょ…待って、フレ……」

「待てません。すみません、突然で」


ええ、いやもうほんとにね!!

心では叫べるのだが衝撃のあまり口が動かせないレイヴン35歳。

対して声はいつもの通り凛としているくせに、レイヴンの身体を通してうるさい程どきどきしているのが丸分かり、のフレン21歳。

「あなたが今も誰を想っているのか知っています。この部屋におられた事が何よりの答え。それでも、決戦を前にあなたに伝えずにはいられませんでした」

「あ、っとその……」

「僕も後から必ず追います。僕も僕なりのけじめをつけないといけないから。返事はまだ聞きませんし、聞けない、と思っています」

「えーっと……」

「全てが終わって、あなたの心の整理がついた時に、改めて教えていただけませんか…?」

「あ、う、うん……」

レイヴンがそれだけ答えられたところで、フレンはやっと身体を解放してくれた。


「ありがとうございます。それじゃあお送りしますね」

少しだけ目線を上げたレイヴンの視界に入ってきたのは、少し頬を染めてはにかんだように微笑んでいるフレンだった。

世の女性、夢見る少女達なら全てこの笑顔に一発で落ちる事だろう。

しかしレイヴンは女性でもないし夢見る少女達でもない。…あたりまえのことではあるが。

「え?送るって、一体どこに」

「今晩、あなたがお休みになるお部屋ですよ。まさかこの部屋で、という訳ではないでしょう?」


さすがにそれはごめんだった。明日の朝の目覚めがすこぶる悪くなりそうだから。

「牢屋に戻られます?それとも隊長の私室か…」

「いや、ユーリ君達のいる客間のとこでいいわ……」

疲れたように答えながらも赤い顔が熱を引かない事を恥ずかしく思いながら、レイヴンは目線を下げたままで歩き出す。

「分かりました」

そしてフレンも横に並び、歩く。



部屋を出て最後に、彼の部屋の灯りが消える。

そうして真っ暗になった執務室のドアが完全に閉まるのを、レイヴンはずっと目で追っていて、その隣のフレンはそんなレイヴンを見つめたままだった。

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