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□月色猫奇譚
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じ〜。
それこそ穴が開くんじゃないか、そんな熱烈な視線を頬…いや、身体中に感じながら。
俺は何食わぬ顔でひたすらノートにシャープペンを走らせる。時計の音だけが微かに響く部屋で、一心不乱に課題に向かっていると、

すりすり
すりすりすりっ

今度は何とも『暖かいモノ』が足元にまとわり付いてくる。

「…あと少しだから、ちょっと待ってろ」

課題が終わったら存分に遊んでやるから。
言外にそんな意味を込めて、俺はその『暖かいモノ』に声を掛ける。勿論手は休めずに。
それがちゃんと伝わったのか、『暖かいモノ』は一旦足元から離れた。けれども対して間を置かず、再び『暖かいモノ』が寄って来る。
今度は座っている俺の足を伝って立ち上がり、腿の所にひょいっと前足を乗せている。そしてまた。

すりすり
すりすりすりっ

暖かくて心地良い感触が、これでもかと言わんばかりに触れて来る。
その正体は――お月様の様な色合いの、ふさふさな毛並みと翡翠色の瞳を持った猫だった。
しなやかな躯を俺に寄せて、「まだっスか〜」と瞳で訴えている。


…あぁ、もう……っ


何とも魅惑的なすりすり&じ〜攻撃に、それでも俺は耐え切って手掛けていた課題を何とか終わらせる。問題を解いた為だけでは無い頭の疲れを感じながら、ふぅ〜と溜息を吐きつつゆっくりと課題のノートを閉じた。
パタンと僅かな音がしたのとほぼ同時に、俺の傍らで何かが揺らめく微かな気配がする。そして――


「―― 一護サ〜ンv」


呼び掛けと同時に、優しい温もりが俺を包んだ。
抱き締められつつ視線を向ければ、其処には。先程の猫の代わりに納まりの悪い淡い月色の髪と翡翠色の瞳、更には髪と同色の猫耳&尻尾を持った作務衣姿の男が立って居た。

「……喜助」

名前を呼べば嬉しそうに微笑って、更に俺を抱き寄せる。そうして俺の首筋に顔を埋めて、『すりすり』と何度も頬擦りをする。
その度に金の糸があちこちに触れて。くすぐったいのと同時に、そこから微かに漂うお陽さまの匂いに、先程までの脱力感は消えてつい笑いが零れてしまう。
自分でも大概甘いなぁとは思うけれど、…でも。……喜助のこの行為は、嫌じゃ…ない、から。

「……まだ?」
「…駄目っスよー、後ちょっと我慢して下さいネー」

そう言って喜助は、再度丹念にすりすりを繰り返す。
所謂『匂い付け』と言うものらしい。
俺が外から帰って来ると、必ずコレをされる。って言うか実は俺の方も訳アリで、コレをしてもらわないと困る事になるんだけどさ。

「はぁい、おしまいっ」

最後に軽く額にキスされて、ようやくすりすりは終了となる。お礼の意味を込めて、俺がそのふかふかな耳(猫耳の方だぞ?)を触ると、喜助の顔がほにゃんと笑み崩れる。

……この顔にも、実は俺、弱いんだよなぁ…。

「――うん、何処も問題無しっスね。アタシの“力”の効力は十分効いてるし、一護サン自身にも何ら悪い“気”の気配は無いですしね」
「そっか、良かった」
「ん〜、でもやっぱり、注意は怠らないで下さいね?変な気配の場所には、たとえ昼間でも絶対近付かない事。……良いっスね?」

念を押すように喜助は再度すりすり…では無く、俺の唇にそっとキスをする。
ほんの一瞬で離れてしまった温もりに、内心寂しく思いながら(…でもこの事は喜助には言ってやらない。…だって言ったら最後、喜助の行為には際限が無くなるからな///)「分かってる」と小さく頷いた。

え?
何がどうなってるんだって?何で猫が人間になってるのかって?

あ、そっか。悪い悪い。これからちゃんと説明するから。

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