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□温もりよりも深く、言葉よりも強く
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カタッ カタカタッ

小気味よいリズムと共に、PCのキーボードの上を長い指が動いて行く。
まるで踊るかの様なその滑らかな仕草を、俺はただうっとりと見つめていた。
膝の上に置かれたクッションに乗っかっているとは言え、今の猫型の状態だと椅子の所からでは浦原さんの書いている中身までは読めない。
でもこの指の動きを見れば、え〜と、『乗りに乗っている』状態なんだと思う。
最初俺が膝に乗った時は、長い指が優しく俺の背中をずっと撫でていてくれたんだ。色々話しかけてくれたりもしたり。でも段々と文章を打ち込む方に神経が集中し始めて。
勿論それは良いんだ、浦原さんのお仕事の方が大事だし。

それに俺は…こうやって浦原さんの側にいられたら、それだけで凄く嬉しいし…安心出来るから。


――梅雨明け宣言があったにも関わらず、今日は朝から雨が続いていた。


…雨は苦手だ。
どうしても一人きりだったあの頃を思い出してしまうから。
でも、そんな俺に浦原さんは言ってくれたんだ。

『ずっと一緒に居るから。だから雨の日だろうと晴れの日だろうと、何時でも甘えて良いから』って。

そう言って優しく撫でてくれて。
今日だってその言葉通り、俺が浦原さんの元へ行ったら、直ぐ抱き上げて一緒に仕事場に入れてくれたんだ。俺は最初浦原さんの足元に居るつもりだったんだけど、浦原さんは俺が楽な様にクッションを用意してくれて。
だから俺も浦原さんに…あ、甘えて、そこに乗っかってこうして浦原さん(のお腹から胸に掛けて)にぴたっとくっ付いてる。
今浦原さんが書いているのは、『小説家の主人公と妖し(猫叉)が、様々な事件を解決する』シリーズなんだ。
浦原さん曰く、『モデルは一護サンっスよ〜v』って事なんだけど(当然小説家は浦原さん自身がモデルだけど)、シリーズのノベルズが既に4冊と、他に外伝が出版されている。現在連載中の話も加えると、かなり早いペースじゃないかと思うんだけど。
出版社の担当さんも夜一さんも驚いてたから、きっと俺の思い違いじゃないと思うんだよな。


『――何ですかね〜、このシリーズは凄く書きたくて仕方ないって言いますかねぇ。何だか手が動いちゃうんですよねぇ』


ちょっと困った様な、でも嬉しそうに浦原さん言ってたっけ。
このシリーズは簡単に言えば、妖し絡みの不可解な事件を題材にしてるんだけれども、決して怖いとか、おどろおどろしいばかりじゃ無いんだ。
俺も読んだけれど――言っておくけど俺、浦原さんの著作は全部読んだぞ?――、確かに事件自体は哀しい事柄だけど、それを起こしてしまった(或いは故意に起こした)妖し達への主人公達の視線は、何時でも優しくて暖かくて。一生懸命妖し達の事を理解して、力になろうとしているのが伝わって来る、そんな話なんだ。

実際浦原さんは俺(猫叉)や遠野の長のじいちゃん(狢族)に逢って、今も妖し達がひっそりとこの世界に存在している事を知っている。けれども大半の人間達はその事実を知らないでいる。当たり前だよな、俺達(妖し達)はそうそう簡単に、人の前には姿を顕わさないのだから。
それに現実問題として、『人間』から『存在を否定されている妖し達』は、この物質世界の中で『存在』していくだけの『力』すら失くし掛けている。

でも浦原さんの話を読んでいると、
『…ひょっとして、今も妖しはいるんじゃないか?』
『あの場所だったら、もしかして妖しに逢えるかも…?』
そんな風に思えてくるんだ。

実は浦原さんが小説の舞台として描いた場所への、出版社で企画したご当地ツアーが開催されたんだけど、それに対する応募者が凄かったらしいんだ。定員の3倍以上の申し込みが有って、一回だけの予定が人数増加の上、回数も倍になって。
勿論作者である浦原さんの参加は当然の事で、話の舞台となった土地での、浦原さんの妖しへの想いが込められた解説は大反響を呼んだんだ。
中にはその土地の言い伝えや、風土、歴史に興味を持つ読者の人達も現れて、今では個人で訪れる人も後を絶たないと言う。そう言った人達のファンレターやメールも数多く寄せられて、少しだけ読ませて貰ったけど、どれも『妖し』達への暖かな想いで溢れていた。

まるで、あのシリーズの主人公達の様に。
柔らかく、温かく。
ふんわりと包み込む様な、想い。
目に見えないモノの存在に対する、『ソレら』を信じようとする『人の想い』。

浦原さんの作品に込められたその『想い』は、読んでくれた人達へと広がり、そしてその人達から今度は『現実世界』へ、妖し達の存在する『土地』へと伝えられて行って。
今はまだ小さくても、そうして循環し集まった『想い』はやがて――俺達妖しの『存在し続ける』為の力の源へと…なって行く。

紙上に書かれたモノ(創作物)から、そんな『想い(ちから)』を生み出してしまうんだから、…浦原さんって本当、凄いよなぁ…。
きっと、他の作家さんじゃ駄目なんだ。
初めて逢ったばかりの妖し(猫叉)の俺を、優しく、大切に受け入れてくる様な人間(ひと)だから。そんな浦原さんの描く話だから、それだけの『想い(ちから)』を持つんだろうなぁ…。
――勿論浦原さんにはそんな意識、無いのだろうけど。

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