メイン

□始まりの日〜秋月夜話 異聞〜
1ページ/2ページ

それは、人の世の流れで言えば十年も前の事です。





祭を一週間後に控え、その街の人々は準備に余念がありませんでした。
何故なら、今年は例年と違う『大祭』に当たり大掛かりな祭になるからです。この時ばかりは街の外へ働きに出ていた人達も、休みを取り帰省して来ます。
見知った顔、懐かしい顔、それに見慣れない顔が入り混じり、普段は静かな街も賑やかになるこの時期。



「……確か、この辺り――」



その男の人は、何かを探す様にウロウロと歩き回っていました。

年の頃は三十前後でしょうか。
収まりの悪い金の髪が、帽子の下からあちこち向いています。衣装は作務衣に羽織に下駄と、あまり今のご時勢見掛けない格好でした。


『――こんな人、街にいた?』


すれ違う人々は一瞬、訝し気な視線をその男に向けるのですが、何しろ今は祭に向けて猫の手さえ借りたい(この街には猫がそれは沢山住んでいるので)程の忙しさです。直ぐにその男の事など脳裏から消し去って、目の前の作業へと没頭するのでした。


「――見つけた」

十五分程過ぎて、男はようやく『何か』を見付けた様です。その街の奥にある神社へ向かう道すがら、生い茂った藪の中に『ソレ』は居ました。


「――大丈夫、安心して」


男はとても優しい声で、話し掛けました。


「――ね?判るでしょう?…アタシは同族(なかま)ですよ」


しばらくして、その声に誘われたのか藪の中から姿を現したのは。
夕陽の様な鮮やかなオレンジ色をした子猫、でした。
どこか遠くから来たのでしょうか毛のあちこちには泥が付き、お腹も空いているのか鳴く声もか細いものでした。

男は子猫を抱き上げると、羽織が汚れるのも構わずに包み込みました。

「初めまして?アタシは――浦原喜助と言います」


そっと、話し掛けると。
大事に、大事に――まるで宝物を扱うかの様に優しく、子猫を抱き締めました。

「そう。…キミは一護サン、て言うんですね」

暖かい腕に抱かれて安心したのか、子猫は男の胸に甘える様に顔を擦り寄せると小さく鳴きました。


「…ぇえ、もう、大丈夫。これからはアタシが一緒に居ますよ」


その声に呼応するかの様に鳴き声を上げる子猫――一護さんを優しく撫でて、その男――浦原さんはゆっくりと歩き始めました。


「じゃっ、お家に帰りましょうか」




――秋の夕暮れ。
上弦の月が街を優しく照らす中。

一人と一匹は、神社に続く道をのんびりと歩いて行きました。






――大祭当日。


街中の人々で神社の境内は大変賑わっていました。
進行状況を見て回っていた禰宜と次代の跡継ぎである十代半ばの少年は、祭が滞り無く執り行われている事を確かめほっとしておりました。


「――十四郎、良く覚えておくのだぞ、いずれはお前が仕切る事になるのだから」

「はい、父さん。――それにしても…」

「どうかしたか?」


十四郎は誰かを探すかの様に周囲を見回しました。


「あの人はいないのですか?…金の髪に翡翠色の瞳の、ちょっと変わった話し方をする――」


その人は前の大祭の時に初めて逢った人でした。
禰宜である父親と親しい様で、まだ小さかった自分にも丁寧に話し掛けてくれた姿がとても印象に残っているのでした。普段はこの街では見掛けないので、祭の時にだけ帰って来ているのだろうと十四郎は思っていました。


「うむ…。今年はまだお逢いしておらぬのだよ。――そもそもこの祭はあの御方の為なのだが…」

禰宜は少しばかり困惑している様でしたが、


――確かこの間…。…まぁ、猫神様もずっと独り身だったしなぁ…――


と息子には聞こえない程の小声で呟きました。


次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ