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□桜月夜話
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風一つ無い、とても穏やかな昼下がりでした。

暖かな春の陽射しが降り注ぐ中、御玉神社(みたまじんじゃ)の境内に有る桜は散り始めたとはいえ、まだまだ見頃を誇っておりました。
樹齢五百年を超えると言われるこの桜の老木は、街のどの樹よりも早く咲き始め、またどの樹より長く花を保たせて人々の目を楽しませておりました。


――おや、どうやら楽しんでいるのは人達だけでは無い様です。



うっすらと淡いピンクに染まった樹の根元に、先程から二匹の猫が座って居ました。


一匹は立派な体格の、金色の綺麗な猫。

もう一匹は橙色の、小さな愛らしい子猫。


ちょこんと手足を揃えて幹の根元に鎮座するその上に、音も無く花びらがはらはらと舞い降りて行きます。

背中や頭に淡い花びらを乗せながら、橙色の子猫はただじっとして、その琥珀色の瞳で花を見上げていました。
金色の猫は傍らで寝そべりながら、そんな子猫の様子を翡翠色の瞳を細めながら眺めていて。
時折器用に、前足でそっと花びらを払ってあげるのでした。

やがて見上げる姿勢に疲れたらしい子猫は、金色の猫に寄り添う様にして薄紅の絨毯の上に寝転びました。
その小さくしなやかな体躯を愛おし気に金色の猫が毛繕いすれば、子猫は心地良いのかうっとりと目を細めています。


寛ぐ二匹の上に、花はただ、静かに降り注いで行きます。


幾つも幾つも。


当代の禰宜である浮竹さんは、その情景を少し離れた参道から微笑ましく見守っていましたが、

「…あぁ、そうだ」

――これだけじゃ物足りないだろうしなぁ

誰にとも無くそう呟くと、何かを思いついたのか猫達のお花見をそぅっと後にするのでした。



* * *



その日の夜の事です。
宵闇に包まれた境内に、佇む二つの人影が有りました。


「凄げぇ…、浦原さんの言った通りだ――花がこんなに近いや…」



感嘆した様に桜を見つめているその人物は、年の頃は高校生ぐらいでしょうか。
服装はシンプルなシャツにジーンズと言う出で立ちですが、夕闇に浮かぶその鮮やかな橙色の髪がとても印象に残るのでした。


「――ね?この姿で見るのもまたオツでしょう?」



そして子供の傍に居るもう一人、『浦原さん』と呼ばれた男の人は、こちらは年の頃は三十前後でしょうか。
身に着けている衣装は羽織に作務衣、そして下駄と言う今時分あまり見掛けない格好でした。
目深に被っている帽子から好き勝手に覗く髪は、月の様な金色をしています。


「――それにしても一護サンはホント、桜が好きなんですねぇ」



昼間もそうでしたし、アタシ桜に嫉妬しちゃいそうっス。

そう言いながらも。
子供を見つめる浦原さんの、その翡翠色の瞳は優しい色を湛えていました。



「だって、さ――綺麗じゃん」



琥珀色の瞳を輝かせ、花を見上げながら子供――『一護さん』は応えました。



「昼間見た時も思ったけど――咲いてる姿も良いけど、散っていく様も……本当に綺麗だなぁ」

「…そうっスね――」




夜になり少し風が出て来た所為でしょうか。


佇む二人の上にそれはまるで細雪の様に、次から次へと花びらが舞い落ちて行きます。

絶える事無く降り注ぐ薄紅に誘われて、思わずその手を伸ばせば。
はらはらと風に吹かれた花びらは、指先から幾度もすり抜けて行きます。
それすらも楽しむかの様に、しばし二人は無言のままその情景を眺めていましたが。



「そう言えば、――ねぇ、一護サン知ってました?
落ちて来る花びらを、地面に着く前に捕まえると幸せになれるんだそうですよ?」

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