小ネタ

□ただ貴方に触れたくて
1ページ/1ページ


「うにゃぁあん…(一護サ〜ン…)」
「……」
視界の隅に映る、ふっさふさの尻尾。
「みゃぅぅ〜(ね、一護サン〜)」
「………」
膝の上にころりんと乗っかっている、手触り最高の躯。
「みぃいぃみゃあぅ〜(い〜ち〜ご〜サ〜ン〜)」
「………あのな、喜助」
モフモフのお腹が丸見えで、それはもうとても可愛いとは思う。
「にゃあぁぁん?にゃうぅぅ〜(どうしたんスかぁ〜?ね、一護サン?)」
思うけれど。


「……暑いんだって。お前がくっ付いていると」


今日の気温は最高温度30度。それは夜になっても殆ど下がらず、未だに室温は26度を示している。
一応申し訳程度の風は入ってくるものの、何もせずベッドに座って居てもじんわりと汗ばむ様な感じで。
そこへ正に『毛の塊』の様な喜助が、それはもうピタ〜とベタ〜とくっ付いていたら……滅茶苦茶に暑いんですけど。冬場は逆に暖かくて湯たんぽ代わりで良いんだけどさ、やっぱりこう暑くなってくると――ちょっと考えものかなって。

けれども俺がそう告げた途端、喜助が何とも悲しそうな表情になった。
ひょいっと身を捩って俺を下から見上げながらも、しゅ〜んとなる耳と尻尾。俺をじ〜と見つめる翡翠の瞳が、うるっとなって何とも心細げに見えて仕方が無い。
おまけに口元へ右前足(右手)を寄せた格好が、何だか『うにゃぁ〜…(そんなぁ…よよよ(涙))』と訴えているみたいで。いや、マジで本当に、そんな副音声が聞こえてきそうなんだって。


「…みゅ〜ん……(一護、サン…)」


う、そ、そりゃ俺だってさ、別に『喜助がくっ付く』のが嫌とかじゃ無くて。
ただ『暑いから』ちょっと辛いかなって感じなんだよな。そうじゃなかったら、昼間構ってやれない分、夜はたっぷりと構って(撫で撫で&モフモフ)やりたいんだけれどさぁ。

『暑く』なければ――

と思った瞬間だった。

『ぱしんっっ』

部屋に乾いた『音』が響き、同時に開け放っていた窓から聞こえていた、車の行きかう音や木々のざわめきが小さく、いや、聞こえなくなった。その上じわっと纏わり付いていた暑ささえも。代わりにひんやりとした空気が俺を取り巻く。
これって。この『感覚』はひょっとして…?
そう思って喜助を見れば、喜助が俺のお腹にその身を寄せつつ、得意そうにその猫袋(髭の部分)を膨らませていた。そうして。
『これなら“暑く”ないっスよね?』
嬉しそうな喜助の“声”が、俺の脳裏に伝わって来る。
俺達を取り巻くこの感覚…間違いない。
「…喜助ぇ…“結界”張ったな?」
俺が軽く溜息を吐きつつ喜助を一撫ですると、肯定の返事の代わりに擦り寄る金色の塊。

全く…。
確か前にも一度、真冬に外で結界を張って、俺が寒くないようにしてくれた事が有ったっけ。あの時も今みたいに、周囲の音や外気を遮断してさ。しかも中の温度まで自由自在に操って。
流石は齢六百の猫叉でこの空座町のボス猫(え?それは関係無い?)。こんな結界如きはお手の物…って所なんだろうけど。

「にゃあぁぁ〜うにゃにゃにゃぁぁ〜(一護サン〜ねぇ一護サ〜ンっ)」

でもなぁ。
これで問題なしとばかりに、俺に嬉しそうに擦り擦りを繰り返す喜助の姿に、再度俺の口から溜息が漏れる。
何だかなぁ…俺にくっ付いていたいが為だけに、結界まで張るってどうなんだよ?それって霊力の無駄使いにもなるんじゃ無いのか?日頃俺(と家族)を護る為に、見回りやら結界の補強やらに『力』を使っているのに。
こんな余計な事で『力』を使うなんて。喜助にとっては大した事じゃ無いのかもしれないけれど、俺としてはやっぱり気になるって言うか…。

「にゃ〜ん?(一護サン?)」
「……」
「みゃ?にゃううぅ?(あれ?まだ暑いっスか?)」
「…いや、そうじゃな…い…って!ちょっ喜助待てっ!」

そんな俺の気も知らず、更に『力』を使いそうな喜助の気配に、俺は慌ててその躯を抱き上げた。
一瞬きょとんとなるものの、俺がその頭と背中を撫で撫ですれば。途端に嬉しそうに振られる、喜助のふさふさの尻尾が目に映る。
「にゃぁぁぁ〜(一護サン大好きっス〜)」
俺の心配を他所にもっと撫でてと言わんばかりに、擦り擦りと俺の胸元に顔を寄せる喜助の、その仕草は何とも可愛くて。

――そう、俺に撫でられるのが本当にもう、嬉しくて幸せで堪らないかの様にうっとりと瞳を細めているんだよな。


……あぁ、全くもう。


三度の溜息に続き、俺の口から小さな苦笑が漏れた。俺自身思う所は有るけれど、こんな表情されたらさ、もうこうするしかないよなぁ。
両腕に馴染む柔らかな金色を俺はぎゅっと、でも苦しくない様に抱き締めて。正直に言えば、若干まだ暑いけれども、でも。

「…にゃん(…一護サン…)」
「…うん、涼しくなった。……だから」

――…沢山、撫でてやるからな。

喜助の三角の耳元でそう囁くと、俺はその小さな鼻先に軽く口付けた。


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ