拍手部屋

□愛しいキミの眠る間に
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「……一護…サン?」


先程まで感じていた背後への視線が消えて。
おやっと思いつつ資料を捲っていた手を止めて、アタシはそっと背後を振り返る。
見ればこちらに顔を向けて畳に転がる姿勢はそのままに、でも、強い輝きを放つ瞳は閉ざされて。そっと耳を凝らせば、聞こえてくるのは愛しい子供の微かな寝息。
さっきまでは本を読んでいたと思ったんですが…、あぁでも確か夕べも、遅くまで虚を追っていましたからねぇ。
それに今日は昼頃にも指令が有って、結局昼ご飯を食べ損ねたとか。そんな一護サンの為に、テッサイがおやつと言うより軽食(ホットサンドとカフェオレとデザートのフルーツ山盛りタルト)を用意したんですけどね。育ち盛りに合わせての結構な量だったんですが、一護サンそれをぺろっと平らげて。
まぁお腹が膨れて辺りは静か、そして睡眠不足と来れば眠ってしまっても仕方無いっスよね。

文机の前から立ち上がり、そっと一護サンの傍らへと膝間付く。
座布団を枕代わりに眠る子供の側には、直前まで読んでいたであろう本が、開かれたページそのままに置かれていた。
中身はと言うと、何と鬼道の教本。
……これはその…、……絶対眠っちゃいますよねー。せめて何かもっと他の本にすれば…と思い、書棚を省みれば己の口から漏れる苦笑。あはは…所詮アタシのトコの書棚ですからねぇ、変に趣味に走った(夜一さん曰く『無節操』)と言いますか幅が有り過ぎて、一護サン好みの本なんてそうそう見つからないかもしれませんよねぇ。
スミマセン一護サン。今度からは一護サンの好きそうな、漫画とか雑誌とか料理本(←あ、これはアタシの願望と言いますかー。それを見て一護サン料理作ってくれないかなーとか)とか、色々揃えておきますから。
と言うかその前に、一護サンを待たせてしまう様な状況は、極力作らない様にしますから。
脳裏に浮かんだ某組織の糞爺…もとい、トップの好々爺めかした面に内心毒舌を吐きつつ。
アタシは眠る愛し子の髪を、ゆっくりと撫でた。


この日は(と言うか夜中に、ですよ。そりゃぁアタシのコトですから、当然起きてましたけど)またもやアタシに、尸魂界からのちょっとしたデータ解析の依頼が入りまして。
涅サンに頼めば良い様な気もするんですが、あの人も大概変わってますからねぇ。きっと『何かネ。その様な内容じゃ、私の興味は惹かないヨ』とか言ってたりしたんじゃないですかねぇ。だからと言ってアタシに振られても、とは思いますケド。
だって別にアタシ、護廷に復帰した訳じゃ無いですからね。けれども何だか最近こういった事が多くなりまして。まぁ勿論それなりに御代は戴いてますし、結局は何だかんだ言っても頼りにされていると言う事ですから、気分的に悪くは有りませんけどぉ…。
一護サンもアタシをこう、尊敬の眼差しで見てくれたりもしますし。


―― …でも。やっぱり、ねぇ。一護サンが気遣い過ぎちゃうと言いますか。


実際そんな急を要する内容では無いんですよ。でもウチに来たと同時に、
『仕事有るんだろ?その…邪魔しちゃ悪いからさ、俺今日は帰ろうか…?』
とか言い出したんスよぉぉ!
それをアタシが(必死に)引き止めまして。
だってぇぇぇ〜、学生であり尚且つ門限有りの一護サンとゆっくり出来るのなんて、平日は放課後の数時間だけじゃないっスかぁぁ〜っ!!その貴重な貴重な貴重な機会を、護廷からの依頼如きで減らされるなんて、アタシがそんなの我慢出来る訳ナイでしょ!?
それにこの前なんて、やっぱりアタシへの依頼を理由に一護サン、暫くウチに来ない事が有ったばかりだったんですよっだから余計に耐えられなくて。

「こっち(解析)何て直ぐに終わらせますから、ね?だから此処で待ってて下さいな、ね?ね?一護サンお願いですから〜っっ」

と泣きついて(&抱き付いて)、部屋に残って貰ったんです。それで一護サン、おやつの後の時間潰しとばかりに、アタシの書棚を漁っていたと言う訳なんですが――それでも待たせ過ぎてしまった結果、熟睡モードへ突入と相成ってしまったと、そ〜ゆ〜訳ですね、はい。


「……ん…」

小さく、一護サンが身じろぐ。
おっといけない。あんまり手触りが良いので、つい触り過ぎちゃいましたかね。
起こしてしまったかと内心焦るアタシの目前でゆっくりと、愛しい蜂蜜色の瞳が開かれて行く。

「……一護…サン?」

静かに声を掛けてみると、一応アタシの方へと視線は向けるけれど。
どうも意識は半分…いやいや、9割方(つまりは殆ど)眠ったままの様で。仄かに潤んだ眼差しは、何時もよりも一護サンを幼く見せていた。

「もう少し掛かるんで、まだ寝ていて良いですよ…?」
「……うん…うりゃ…は…、さ…」

そっと耳元で囁けば一護サンは小さく頷いた後、呂律の回らぬままアタシの名を一度呼び、再びウトウトし始めた。直ぐに聞こえ始めた寝息に、アタシはそっと溜息を吐く。
と、その時。

「……しゅんっ」

小さなくしゃみと共に、目の前の子供は寒そうに肩を震わせる。…あぁ、気が付けば部屋の中はすっかり薄暗くなっていて。
最近は気候の変動が激しくて、つい昨日までは夏日並みの気温だったのに、一転して今日は上着が必要なくらいの気温なんですよねぇ。
幾ら制服はまだ長袖とは言え、流石に日が翳れば冷えて来ますよね……て、のんびり考えてる場合じゃ無いっスよね。何か掛ける物を…と慌てて部屋を見渡すものの、今日は布団を珍しく片してしまっていて。押入れを開けて出すにしても、この引き戸ちょっと立て付けが悪くてガタガタ言うんですよ。変に音を立てて一護サンを起こしたくないし。
う〜ん…とアタシが悩んでる間に、再び聞こえてくるくしゃみ。余程寒いのか一護サンの手が、何か掛ける物を求めるかの様に無意識のまま伸ばされる。
そして。
指先が触れたのは、近くに有ったアタシの羽織の裾。一度くいっと軽く引っ張られ、抵抗が無いと判ると再びくいくいっと引かれ。
そして一護サンは自分の首元までアタシの羽織を引っ張っると――


「……うら、…さ…?…」


小さく呟き。
それからぎゅっと羽織を抱き締めて。
ふわん、と柔らかく微笑んだのだ、それはとても嬉しそうに。

「……うりゃ…は…、さ…」

そしてまた。更に深く抱き込もうとする動きに、羽織を引っ張られたアタシはちょっとだけ前かがみになってしまう。自然と近付く一護サンの寝顔。
アタシの視線の先で、一護サンは擦り擦りとアタシの羽織に頬擦りすると、今度は『ふにゃん』(本当にこんな擬音が似合いそうだったんですよっ)と微笑って。
そして再び『…うら、は…らさん…』と寝言を口にする。


………あの、これって。

その……、……寝惚けて無意識の行動なんでしょうけど……。

いえ、寝惚けてるからこそ――『本音』が出たって考えて良いんでしょうかね…?///
『絶対離さず』とばかりに。
『自分のモノ』だと言わんばかりに。
アタシの羽織をしっかりと抱き締め続ける一護サンのその仕草に、自然とアタシの口元が緩んでいく。

「……あぁ、もう」

そんな一護サンを起こさないように気を付けながら、アタシはゆっくりと羽織を脱ぐと、改めて一護サンの躯の上にそっと掛ける。何とか上半身を覆うようにすると(ほら、端っこはぎゅうっとされちゃってますしね)、益々安堵した様な表情を一護サンは浮かべた。
……『アタシ』に抱き締められている時に、良く浮かべるその表情を。



「……ねぇ、一護サン。羽織だけで満足…しないで下さいな。幾ら何でも…――遠慮しすぎっスよ…?」



それこそキミが望むなら好きなだけ、幾らでも。
羽織なんかじゃなくて、アタシのこの腕で、アタシの温もりで。
キミを抱き締めてあげるから。

「…ん…うら、…さ……」

キミを抱き締めていたいから――


「…後少し、待っていて下さいね?」

もう一度だけ眠る一護サンの髪を優しく梳いて、軽く額にキスを落としてから。
アタシはいそいそと文机に戻ると、解析用の資料に向き直る。
今は羽織にその役目を譲りますけど――でも早急にその座を取り戻さないといけないですからねぇ。

「…さ〜てと、気合入れてとっとと終わらせてしまいますかねぇ――」

一分一秒でも早く。
一護サンをこの腕で抱き締める事を願いながら。
小さく呟くと、アタシは目の前の資料に意識を集中するのだった――


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