拍手部屋

□My Fair Cat
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ぺろっ

「……」

ぺろぺろっ

「…ん〜…」

ぺろぺろぺろっ

――ぼんやりした意識の中、小さくて暖かい何かが、アタシの頬に当たってるのを感じた。
ザラっとした感触に一瞬くすぐったさを感じるものの、覚醒までには至らず、それから逃れる様に寝返りを打つ。
その後も何回か同じ事を繰り返し、とうとう『相手』も郷を煮やしたのか。
しばしの静寂の後。

「――浦、原、さんっ!起きろっ〜!何時だと思ってんだっ」

どすんっ。
寝てるアタシの上に掛かって来る、重みと耳元での大きな声。
それにしぶしぶ目を開けて見れば。
「…おはよう?」
目の前には眉間にシワを寄せた、年の頃14、15歳と言った子供の顔。
夕日の様な鮮やかなオレンジ色の頭に、蜂蜜を薄めた様な琥珀色の瞳。
「…ぅ…、おはようッス…、一護サン」
枕元の時計を横目で見れば、十時半を過ぎた所だった。
――あ〜…、待ちくたびれたんスね…
アタシは視線を今だ胸の上にいる子供――一護サンに向け直すと、その見た目より柔らかな髪を緩くすいた。

ゆっくり、何回も。

最初は不満げだった表情も、段々と緩まり。
その内に機嫌が良くなって来たのか、一護サンの眉間のシワが取れ始めた。ついでに、相変わらずふかふかな、髪と同色の耳を撫でてやれば。

「ん〜…」
心地良いのか、一護サンは目を細めてアタシの胸に頬を擦り寄せて来た。
どうやら機嫌が戻った様っスねぇ。
「――ねぇ、一護サン?」
アタシは撫でていた手を背中に廻すと、何も身につけていない滑らかな肌の感触を楽しみながら。
「アタシ、この間お願いしましたよね?」
一護サンに小さく囁く。
「――人型で起こす時は、『おはようのキス』にして下さいって」
途端、うっすらと頬を染めて子供はアタシから離れようとするものの、それはアタシが許さない。
逆に引き寄せて、しっかり腕の中に確保してから再度問い掛ける。
「おはようのキスは?」
「…ぅ〜…///」
そっぽを向いてしまうのに、やんわり耳を甘噛みしながら
「キス、して欲しいんスけど」
ね、お願いと。
何時もより幾分低めの声で、おねだりしてみる。ついでにうなじから喉元に掛けてゆっくり撫で上げれば。
「一護サン?」
「…目…、つぶって…?」
小さく、戸惑いがちに子供から返事が戻って来る。
その言葉に従ってアタシは目を閉じて。
待つ事数十秒。
ちゅっと。
唇に触れる、柔らかい感触。
直ぐに離れて行こうとするのを捕らえて、今度はアタシの方から口づける。
「んっ、う…ら原さ…」
二、三度軽く啄んでから深く唇を重ねる。
合わせ目を緩く舌で舐めると、一護サンは教えた通りにアタシを受け入れた。おずおずと、口内で小さな舌が絡んで来るのを、強弱を付けて吸い上げる。
合わせて、二本の尻尾の付け根付近を緩く愛撫すると
「っ、ゃ…あ///尻尾や…めぇ…っ」
口づけの合間に、小さく上がる声。
アタシの手の動きに合わせて、オレンジ色の耳がぴくぴくと動いている。
「んっ、…ぅ…ん」
それを何度か繰り返すと、一護サンの躯からはすっかり力が抜けて。
「…みぃ…」
ぐったりとした躯を抱き締めながら、アタシはようやく口づけを止めると。
「おはようございます一護サン、それじゃご飯にしましょうね?」
愛しい子供に囁いた。

***

――アタシの名前は浦原喜助と申します。
職業は、まぁ一応小説家…と言っても良いっスかねぇ。
元々は民俗学を専門に研究してたんですが、知り合いの編集者からちょっとしたエッセイを頼まれたのをきっかけに、まぁ色々文章を書く様になりまして。それで現在に到ると言った処です。
最近は民俗学の知識を利用して、伝奇小説なんかも出してます(連載も幾つか持ってますケド)。印税で左うちわ、とまでは行きませんが気ままな二人暮し、何とかやってます。

そして。

「――あ〜、美味しかったぁ。ご馳走様でした」
キッチンでアタシと向かい合って座っている子供――一護サン。
今日の朝ゴハンは一護サンの大好物、甘〜いパンケーキ(メープルシロップ+バターたっぷり)だったせいか、満足顔で食器を片付け始めて。
先刻から尻尾がパタンパタンと賑やかに振られているのが、何とも微笑ましい事この上ないっス。
…え?
何で一護サンに耳と尻尾が有るのかですって?
簡単っスよ。

一護サンは『猫叉』なんス。

齢(よわい)150歳になるかどうか、らしいんスけど。人間に換算するとまぁ、中学か高校ってトコっスね。
一護サンとは3ヶ月程前、取材先の岩手県遠野で出逢いまして。
雨の中、濡れそぼったオレンジ色の子猫を拾ったんですが、それが一護サンだった訳です。
最初一護サンが人型になった時は、そりゃあ驚きましたよ?
朝目が覚めたら、裸でネコ耳の子供が一緒にベットで寝てたんですからね。
でも、まぁ。
アタシも民族学者の端くれですからね、妖怪やら何やらの話には慣れてますし。
怪しい経験も両手で数え切れない程ですし。
何より。
「…浦原さん、今日は仕事…は?」
食後のコーヒーを飲んでいるアタシに、一護サンが小首を傾げつつそっと聞いて来る。心持ち、下向きの耳と尻尾。
「締切が迫ってた分は、全て終わらせましたからね。今月末までのんびり出来ますよ?」
「…ふ、ふーん、そっか」
「えぇ」
興味無さ気な表情とは裏腹に、アタシの返事を聞いた途端、ぴんっと立った尻尾と耳。
――そうっス。
何より一護サンが可愛い過ぎるんスよっっ!
アタシの仕事の邪魔にならない様にって、猫の姿で居る時は傍で温和しくしてるんスけど。でも、尻尾だけがそっとアタシにくっついてたりとか。その内に我慢出来なくなると足元にスリスリ寄って来るんスけど、アタシがおいでをすると直ぐに膝に乗って来て。
丸くなって眠る一護サンの愛らしい事。
柔らかな毛並みは、触れてるだけで癒されるって言うんスかねぇ。
少し仕事に詰まった時なんか、こう、一護サンを撫でるだけで筆が進み始めたりしますからねぇ。
逆に人型の時は、まぁ言葉で意志疎通出来るからなんでしょうけど、朝みたいに照れたりそっぽを向いたりする事が多々あるんですが。その分、耳や尻尾での意志表示がはっきりしてるんスよねぇ、先刻みたいに。
『ツンデレ』って言うか、まぁ、そんな所も可愛らしいんですけど。
ですからアタシにとっては、一護サンとの生活は日々癒しと萌えに満ちた素晴らしいモノと云う訳なんです。
もっとも。
一護サンが人間の世界で暮らし始めてあまり間が経って無いっスから、まだまだアタシが教えないといけない事も多いっスけど。

そう、例えば。

「…一護サン」
「何?浦原さん」
「人型の時はちゃんと服着るようにって教えましたよね?」
「着てるけど?」
自分の姿を見回して、不思議そうに返事をする一護サン。
…素っ裸の上に、アタシのシャツ一枚羽織っただけって、『服を着た』とは言わないと思うんスけど。
「コレじゃ駄目なのか?」
一護サンには少し大きいソレは。
裾の長さが、ちょっと。尻尾が揺れる度に、チラチラと、…え〜艶めかしい太ももが見えていて。アタシの精神衛生上、と言いますか、ぶっちゃけ理性が保たないって言いますか(汗)。
「浦原さんの匂いが一杯してて、ぎゅってされてるみたいで、気持ち良いのに」
……一護サン…。
キスは恥ずかしがるのに、どうしてこーゆートコは鈍感なんスか…。
「浦原さん?」
…。
最近仕事三昧で、スキンシップが足りないなぁってアタシ思ってたんスよね。
「どうかしたのか?」
そーゆー時に。
こーゆー行為をするとどんな事が起きるのか、一護サンに教えておいた方が良いっスよね。
「――一護サン」
でないと。
「久しぶりですからね、今日はゆっくりと」
今後のアタシの精神上。
「――アタシと過ごしてくれます?」
たまったものじゃ無いっスからねぇ。
「…ぃ…良い、けど」
そっぽを向きつつ、でも耳と尻尾がうずうずしている一護サンの手を取って。

「――色んなコトして、ね?」

アタシ達は自室へと向かった。


***

――翌日。

「…ぅ…っ浦原さんのばかぁっ〜!」

アタシが『たっぷり』教えた所為でベットから動けない一護サンが、むーっとアタシを睨んでいる。猫の姿だったら、さしずめ毛が逆立ってる状態っスね。
「スミマセンねぇ、あんまり一護サンが飲み込み良いから、つい夢中になっちゃって」
とアタシが言えば。
子供は真っ赤になって固まってしまった。
「でも」
そんな一護サンに、アタシはにっこり微笑みかけて。
「まだ教えて無いコト、一杯あるんですよ?これからゆっくり教えて行きますから、楽しみにしてて下さいね〜」
絶句している子供を抱き締めると、あやす様にキスをした。

――もっと色んなコト、これからもアタシが教えてあげますから、ね?

アタシの可愛い子猫サン。


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