四天ぶっく
□夜叉で構わない
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ねえ、もしもあたし達が別れなきゃいけないってなったらどうする?
唐突に名無しさんはそう聞いてきた。それに何の意味があるのかはわからへんけど、そないなことを考えたこともなかった俺は、なんて答えたらいいのかわからへんかった。
「どうするも何も、別れへんけど。」
「違うの。どうしてもどうしても別れなきゃいけないとしたら、」
「そんなん、」
考えたくもない。名無しさんと絶対離れなアカン時が来るとしたら、それは……それはいつなんやろう。この状況から、そないなことを想像できるわけがない。
俺が体育座りをして、名無しさんが俺のその足と足の間に座る。当たり前のように、俺らは互いに腕を回して、相手にぎゅうと抱き着いている、そんな状況やのに。
「……どないしたん。」
「んー?」
「名無しさんがそないなこと聞くなん、珍しいで。」
「理由はないけど、知りたくて。」
まるで、どっちかが死ぬみたいな台詞や。まあ、俺も名無しさんも異常なまでに健康やから、尚更考えたこともなかったんやけど。
ふと、名無しさんと別れることを考えてみる。絶対に別れなアカンっちゅーことは、会うどころか、電話とかメールもあかんのやろか。そうだとすれば、俺は今まで名無しさんと過ごしていた時間が空白になって、暇になる。いや、暇、っちゅー考えだけで納まるんやろうか。正直、名無しさんが居らん世界なんてつまらんだけやし、生きとる価値もない。
「……せや、」
「なあに?」
「もしも絶対に別れなあかんのやったら、死ぬわ。」
名無しさんが居らん世界なんか、いらへん。
そう付け足せば、名無しさんは悲しい顔をして、せやけど笑顔で、じゃああたしも死ぬね、と。「あたしも、光が居ない世界なんかいらないし、あたしが生きてる意味もなくなっちゃうから、別れる前に一緒に死ぬ。」そういう名無しさんのどこか嬉しそうな顔に、俺も頬が緩んだ。
愛おし過ぎて仕方ない、その言葉は俺らが使うために用意されたモノちゃうかと思えるくらいに、今はその言葉が一番しっくりくる。
「ひかる、」
「ん?」
「ひかる、」
「名無しさん、」
「だあああああああああい好き。」
「ふ、アホか。」
愛しとる、の間違いやろ。そう言えば、名無しさんはニコリと満面の笑みを浮かべた。
きっと、俺が今死ぬかもしれへん状況やったとしたら、普通の男は「キミにはもっと良い男が居るよ」とか言うんやと思うけど、俺はきっと言えへん。俺が死ぬんやから名無しさんも一緒に死ぬやろ。名無しさんは俺が居らんかったら生きていかれへんやろ、せやから死のう。そないなこと言うに違いない。
「俺ら、狂っとるんかな。」
「何で?」
「愛しとるから一緒に死ぬん、おかしいやろか。」
「あたしは、あたしと光が良ければ、それで良いと思ってるよ。周りの意見なんか関係ない、でしょ?」
「……ふは、」
「あれ、あたし変なこと言った?」
「いや、全然。寧ろ、思てること一緒やったから、何やおもろくなってもうたわ。」
名無しさんにキスを一つ落とすと、名無しさんは嬉しそうに俺の体に顔を埋めた。
そんな名無しさんを抱きしめて俺が思うことはただ一つ。
夜叉で構わない
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夜叉=妖怪とかそんな感じ。
狂愛のつもりが、中途半端な感じに。
内容が内容なだけに題名が「や」って意外と難しかった。
(20111227)2010・11企画「や」