四天ぶっく

□期待を裏切らない男
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この時期になると、朝起きるのが億劫になる。布団から出た途端に冷たい空気があたしを包み込むから、制服を手にとって、あたしはまだ生暖かい布団にくるまった。
時計は、文字盤の6付近のところで針を重ねている。いつもはもう30分くらい遅く起きるはずだけど、今日はそうはいかない。
まだ、眠たい。



「起きたのー?」



突然、ガチャ、と部屋のドアが開けられた。いつまでもゴロゴロしてるあたしがまだ寝てるんじゃないか、と勘違いして、お母さん起こしに来たらしい。けれどもう起きてるとわかると、今度は「早くしなさいよ」と呆れたような声を出した。



「来るの早いからね、あの子。」



言われなくてもわかってる。
まるでお母さんの子供みたいに言うけど『あの子』はあたしの彼氏であって、お母さんの子供じゃない。義理の息子には、なる、かも…………だとしても、彼が来るのが早いのは、よくわかってる。
何のために早起きしたと思ってるんだ。



「ご飯出来てるから、早く来なさい。あんたの為に朝から暖房つけてるんだから、居間の方が暖かいわよ。」



何故それを早く言わないのかと問われるような事柄をサラリと言うと、お母さんは居間に戻っていった。
畜生、素直に起きてすぐに居間に向かえばよかった。
とは思うものの、過ぎたものは仕方がなく。今はただ早く居間へ向かうべく、急いで着替えるのが最優先だ。



「―――――え、」



が、しかし。急いで着替えたこともあり乱れた髪型と服装で居間に向かえばすぐに目に入った『それ』に、あたしは急いで適当に着替えたことに後悔することとなる。
何故、今、このタイミングで『それ』はここに存在しているのだろうか。ニコニコと笑顔であたしに向けられた「おはよう」に、あたしはどう反応したらいいのかわからず、ただ口をパクパクと無意味に動かした。



「早く支度出来たさかい、はよ来てもうたわ。」

「な、ちょ、えっ……!」

「言葉になっとらんでー。」



この感情をどう言葉にしろと言うのか。
何で早く準備出来たからって早く来るの、早く来るにしても電話なりメールなりしてくれれば良かったんじゃないの、何で椅子に座って呑気に我が家の朝ごはんを食してるの、一体どのタイミングで来たの、どうしてこんな朝早くなのにそんなに元気なの。
それを容易な言葉で伝えるほどあたしの頭はまだ活発化していないらしく、全ての意味を含めて、大きな溜め息を吐き出す。



「え、何で溜め息!?」

「いただきまーす。」

「無視かい!」



こんなアホの相手をしていては一向に学校へと向かえない。そう思ったあたしは、アホ―――謙也を無視して黙々と朝食を食べた。

それから少しした頃、寝惚け半分でボーッとしながら通学路を歩くあたしに、謙也は低くて小さくて掠れた声で一言、



「怒っとる……?」



と。
それに対してキョトン、を返せば、同じようにキョトン、が返ってきた。



「元々怒ってないけど。」

「…………へ?」

「どうした?」

「え、やって、ほな何で構ってくれへんの……?」


何をそんな今更。とは思っても口には出さずに、ただ「眠たいから?」と、疑問を含んだ口調で返す。それから、今は寒さで目覚めたけど、と付け加えた。そうすれば謙也は何故かニコッと笑ってあたしの手をとり、意味深にニヤニヤし出す始末。



「な、何、気持ち悪い……」

「気持ち悪いて何やねん!……まぁ、えぇわ。ゴホン、優しい彼氏が暖めたろか?」



カッコつけたいねん、と顔に書いてあるかのような分かり易い咳払いはさておき。
手出して、と謙也に言われて素直に手を差し出す。勿論、あたしは―――凄く当たり前過ぎて、想像するのも恥ずかしいけど―――手を握られるんだと思った。いくらヘタレな謙也でも、普段から手は繋いでるんだから、それ位してくれるだろうと思った。
思った、だけ。



「ほれ。」

「………………」



手のひらにポン、と置かれたカイロを見て、あたしは言葉を失った。いや、言葉を発する気力すら失った、と言った方が正しいかもしれない。



「白石に寒い言うたらスカート下げろ言われるで。せやけどまぁ、俺は白石みたいに頭カッチカチちゃうからな!カイロなんて頭えぇやろー!」

「………………」

「何や、言葉失ってもーたか?」

「……頭、カッチカチは…………お前じゃボケぇぇぇええ!」



(ある意味)
期待を裏切らない男



(白石……なんやわからんけど怒られた……。)
(そういうときは99%謙也のせいやから、自分で考えや。)
(どうせ俺は頭カッチカチやもん……)
(何や、それ。)


(20111126)マガジンリクエスト

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