四天ぶっく
□隣の君に
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「名無しさんさん!」
「あ、謙也。やっぱり早いなぁ。」
「すんません、デートやっちゅーのに寝坊してもうて。」
「ううん、大丈夫やで。」
走ってデートの待ち合わせ場所に向かえば、先に待っていた名無しさんさんは俺に笑顔を向けた。
大切なデートに遅刻したんやから、怒るくらいしてくれてもえぇのに。それとも、も、もしかしたら、前回も遅刻したから呆れられとるんやろか!ど、どないしよ!
「ほ、ホンマすいませんごめんなさいもう遅刻せぇへんから呆れんといてください!」
「……え?別に呆れてへんで。寧ろ、ちゃんと謝ってくれて嬉しいで。」
な、なんて大人なんや、名無しさんさん……!
名無しさんさんの優しさに感動しながらも、俺は男らしく「まずどこ行きます?」と声を掛けた。目指すは後輩の財前みたいな大人っぽい喋り方なんやけど、イマイチ出来ひんくて、結局いつも通りの喋り方になる。
言えば、名無しさんさんは「ほなとりあえずお昼ご飯食べる?」て言うから、俺は素直に頷いた。
「謙也のことやから、何も食べてきてへんやろ?」
「べ、別にえぇのに……!」
「はは、えぇんよ。どうせこうなるやろと思って、あたしもお昼食べてへんねん。」
「……お、俺、名無しさんさんのこと神って呼んでもえぇですか?」
「っふはは、おもろいなぁ、謙也は。」
なんてことを言いながら、名無しさんさんは俺の頭をポンポンと撫でた。恥ずかしくて俺の顔が赤くなっとるんを名無しさんさんは気付いてへんのやろか。それとも、気付いた上で、わざとやっとるんやろか……。チラリと名無しさんさんを見れば、ニッコリと笑顔を返してくれて、あぁこれは確信犯やな、なんて一人で納得した。
……それにしても、名無しさんさんのズボン(ショーパン言うんやったっけ?)短すぎとちゃうやろか。今にもパンツ見えそうやし、周りの男の目が気になる。え、ど、どないしよ。
「名無しさんさん!」
「ん、どないしたん?」
「え、えっと、その……ぱん、つ、が……」
「あぁ、パンツ短いって言いたいん?可愛ぇなぁ!そんなん大丈夫やって!」
そう言うて笑うから、自分の勇気と説得力のなさに泣きそうになった。俺が言いたかったのは、確かにそういうことやけど、大丈夫やないから言うたのに……。
すると、俺の気持ちを察したんか、名無しさんさんは突然上着を脱ぎだして、それから立ち上がってそれを腰に巻く。そして、ニコッと笑って、俺の頭を撫でた。
「そない泣きそうな顔せんといてや、謙也。」
「あ、いや、別に……」
「あたしのこと心配してくれとるんやろ?」
「名無しさんさん、意地悪やぁ…!」
ほんまにちょっと涙出たやんか、名無しさんさんのアホぉ!俺の気持ちわかっとるんやったら、初めからそうしてくれたらえぇやないですか!何でそうやって意地悪なことするんすか!名無しさんさんがそんなんやから、俺ってそういう、説得力とかないんかなって思って、悔しくて、ホンマ、もう……。
そう言うたらクスクス笑われて、俺は恥ずかしくて顔を赤くしながらしばらく猛抗議して。やっと一息ついたところで、名無しさんさんは俺の顔を覗き込む。
「謙也、怒っとる?」
「怒って、へん。」
「ホンマ…?」
「ホンマです。」
「良かった。あたしが謙也のこと虐めすぎたから、怒ったのかと思った…。」
安堵の溜息をついて、俺の腕に自分の腕を絡ませてくる名無しさんさんを見ると、何故か改めて好きやと思えた。いつもは流石年上って感じやけど、やっぱり女の子っぽいところもあって、きっと俺はそんな名無しさんさんやから好きなんやなぁ、なんて。
「……謙也、ニヤニヤしてどうしたの?」
「へ!?に、ニヤニヤなんかしてへん!」
「しとるでー!鏡貸そか?」
「いや、えぇです…!」
せやけど、あんまり弄られると、俺ってドエムなんかなぁ、とか心配してまう年頃やから、その辺は考えてほしい、かな……。って、そないなこと言う勇気なんて、欠片ほども持ち合わせとらんけど。
チラリと名無しさんさんを見て、俺は溜息を一つ零した。
いつかぎゃふんと言わせられる日が来たらえぇなぁ。
隣の君に
(……無理やろなぁ。)
(20110930)2010・2011よろ企画「と」