四天ぶっく
□大人の世界
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「オッチャンでも恋愛はできるんやで。」
「……はい?」
「せやからあたしを愛して、オサムちゃん。」
「………………はい?」
唐突に何を言い出すのかと思えば、愛して、やなんて。中学生が1人の人間に吐くにしては重すぎやしないか。もしくは、それを軽率に考えすぎやないか。まぁこの子の担任は自分やから、あまり強くは言い返せんけど。まさか、その矛先がこっちに向かっとるなんて気付きもせんかった。
彼女は明るくて性格も良くて笑いのセンスもあって、所謂クラスの人気者や。せやからてっきり、クラスの人気者の男子とそういう関係を築いとるんやと思っとったけど。人間っちゅーんは時に計り知れん程の“ありえない”を起こすもんや。
「あたし、オサムちゃんが好きや。」
「そ、か…」
「あたしが毎日言ってたの、冗談やと思ってた?」
「まぁ、」
「ったく、もう。」
呆れられるっちゅーんは、一体どういう状況なんやろうか。俺とこの子は教師と生徒やし、そうやなくとも年が離れすぎとる。っちゅーか、この子が言うのを本気にしてえぇんやろか。あぁ、訳わからんわ。
「あたしが言ってること、疑っとるやろ。」
「別に、そんなんちゃうで。」
「オサムちゃん、嘘へったくそやな。」
「うっさいわ。」
わかっとんねん、ホンマは。俺が誰に対しても、勿論自分自身に対しても嘘が下手やっちゅーことくらい。
クラスの誰からも好かれるような子を俺が嫌いになるわけもなくて、初めは単に生徒として可愛がっとった。せやけど、休憩時間やったり放課後やったりと仰山話しとるうちに、いつの間にか意識してしまうようになって。生徒ら中学生と同じように自分もドキドキするような恋愛をするなんて、想像するはずもない。
「オサムちゃん?」
「……あかんわ。」
「え、えっと、その…、」
そういえば、名無しさんの泣き顔なん見たことなかったなぁ、なんて呑気に考えてられたのも束の間。名無しさんから零れる大量の雫に、思わず俺は肩を揺らした。よくよく考えてみれば、名無しさんの泣き顔どころか、女の泣き顔なんてそない見たことないやんか、俺。
「あ、ちょちょちょちょ!…って何言うとんねん俺!」
……って、テンパりすぎて一人でノリ突っ込みしてもうたわ!
とにかく、服の袖口で名無しさんの涙をごしごしと拭いたって、顔を覗き込む。けれど名無しさんが泣きやむ様子はなくて、頭に手を置いてポンポンしてみたり、背中をさすってみたり。
ど、どどどどないしよ!女の子ってどないしたら泣き止むんやろか!っちゅーか焦りすぎやろ俺!落ち着け、落ち着くんやオサムちゃん。お前ならできるで。……何ができるっちゅーねん!アホか俺!
「と、とりあえず泣き止んでくれへん、かな…?」
「…………」
「あ、あんな?嫌いとかそういう意味であかんて言うたんとちゃうで?」
「え、ど、どういう…?」
うわ、泣き止んだ!女怖っ!
ぱぁっと明るくなった名無しさんの表情を見て、女の怖さを思い知った半面、すごく安心する自分が居った。自分がこない女の涙に弱いなん知らんかったわ。
顔を上げた名無しさんの頭をもう一度撫でれば、名無しさんがくすぐったそうにふにゃりと笑う。
「あんなぁ、あかんっちゅーのは、つまり、名無しさんの発言や。」
「……意味わからへん。」
「男を煽らせるようなこと、そない簡単に口に出したらあかん。」
「煽っとるつもりなんやけど。」
「学校でそないなこと言うたらあきませんー!」
「……ほな、学校やないところで、担任としてやなくて一人の男として言うんやったらえぇっちゅーことやね、オサムちゃん?」
言って、妖美に笑うから、俺は思わずドキッとした。そういう意味で言うたわけちゃうけど、首を横に振ることが出来なくて、余裕のない俺は名無しさんから目線を反らす。
それを肯定と捉えたんか、名無しさんは嬉しそうにニコッと笑て、それから「ほな、部活終わったら校門の前で!」なんて言うもんやから、今どきの中学生に感心した。
大人より大人の世界
(……怖いなぁ、あの子。)
(せやけど可愛ぇなぁ。)
(20110929)