四天ぶっく

□はろー
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「秋、ですね。」

「せやな、」

「あたしと先生との春はまだ来てくれへんのに、季節だけは早く進んでいっちゃうんです。」

「……あぁ、せやな。」



先生、なんて言葉をこの男に発したのは、何か月ぶりだっただろうか。部活の顧問とマネージャーという関係のせいで毎日顔を合わせていたあたし達だけど、彼のことは先生だなんて堅苦しい呼び方じゃなくて、“オサムちゃん”という教師には似つかわしくない呼び方をしていたから。
そんな呼び方をするのは、オサムちゃんが顧問をしている部活の生徒だけ。つまり、男子部にたった一人で混ざり込んでるあたしは、女の中で唯一オサムちゃんを呼べる存在で。そのせいか、あたしは心のどこかで特別を感じてて、気が付けばそれは次の段階を求める欲望へと変わっていた。



「この間、あたしのこと好きって言ってくれはったのに。」

「………」

「あれは嘘やったんですか?」

「嘘、なわけないやろ。」

「ほななんで……」



オサムちゃんの腕を軽く掴んで引っ張れば、オサムちゃんは少し悲しげな顔をしながら、あたしの頭を優しく撫でた。大好きなオサムちゃんの手が、何故か、すごく遠く感じる。あたしが欲しいオサムちゃんはこんな悲しいオサムちゃんじゃない。優しくて、笑顔で、誰からも好かれる、そんなオサムちゃんが好きなのに。



「教師と生徒やからや。」

「……オサムちゃんらしくない。」

「オサムちゃんに、らしいもらしくないもあらへん。」

「意地悪ですね。」

「自分の為や。」

「あたしの為やとか、そんなんいりませんわ。あたし、教師嫌いなんで“渡邊先生”も、もう嫌いです。ほなさいなら。」



教師に“成り下がった”オサムちゃんに興味はない。
渡邊先生に背を向けて、振り返りもせずに歩き出せば、自分の歩調が意外と速くて驚いた。もう嫌い、さようなら、そう言ったのは自分のはずなのにどうしてか涙が零れてきて、あたしは部活には戻らずに屋上でただ声を上げて涙を流す。
どうしてあたしは素直に気持ちを伝えられなかったんだろう。本当は嫌いなんかじゃないのに、オサムちゃんがもっと欲しかっただけなのに。どうして、あたし、こんなに最低なんだろう。

それから、あたしとオサムちゃんは口を利かなくなった。と言うより、あたしが一方的に避けている。マネージャーなんて、顧問の顔を見なくてもできるし、それ以前にオサムちゃんはあんまり部活に顔を出すような人じゃない。言伝があった場合は全部部長の蔵ノ介に任せれば問題ないから。



「……名無しさん、ホンマにそれでえぇん?」

「何が。」

「オサムちゃんの事や。」

「えぇんや。っちゅーか、教師の話なんかせんといてや、気持ち悪い。」

「まぁ、名無しさんがえぇなら、俺が口出す事ちゃうけど。」



突然変わったオサムちゃんへのあたしの態度に疑問を抱く人は少なくなかったけど、深く突っ込んでくる人は誰もいなかった。蔵ノ介もその一人で、それ以上あたしに聞いてこようとはしない。だって、何度聞かれても同じ答えしか出さないから、みんなも何も言えないのだ。

それからまた少しして、あたし達3年は部活を引退した。違う学年の教師だからか、渡邊先生を見かけることは滅多になくなった。部活の友達も関わってるのは仲良い人たちだけで、そこまで深い仲じゃない後輩とかは、見かけたら挨拶する程度。

そして、あたし達は卒業した。



「殆どみんな高校同じやからパッとせぇへんなぁ。」

「言葉おかしいやろ。パッとする卒業式もどうなん。」

「あ、それもそやな。」



高校に入ったらただ腐れるだけやなくて、なんやもっと良い縁があると良ぇな。なんて言葉を紡ぐ蔵ノ介に、あたしは「腐れた方も大切にしてやー?」と冗談を返した。
すると、不意に頭に“安心感”を覚えて、ゆっくりと辺りを見回す。本当は見なくても答えはわかってるけど、どうしても見ずにはいられなかった。



「……何、するんです。」

「挨拶や。」

「あたしは“渡邊先生”にするような挨拶ありません。」

「“渡邊先生”にはなくても“オサムちゃん”にはあるんちゃう?」

「…………。」



今更、何を言えっていうんだ。半年近く口をきいてなかったのに、久しぶりに話す言葉が「卒業しました、さようなら」?そんなんだったら、話さないでさようならしたかった。嫌いなら嫌いのまま終わる方が幸せだったのに、だから、口をきくどころか顔も見てこなかったのに。
そう思っていると、突然、オサムちゃんの顔がどアップになって、かと思えば唇に違和感を感じた。



「ちょ、な、何するんですか!」

「何、って、キスやけど?」

「何をサラッと……生徒と教師や言うたのオサムちゃんやないですか!」

「やってもう、名無しさんはここの生徒ちゃうねんで。」

「………は?」



はろー、ひとつ大人になった君。
 (ここがテニスコートで良かった……。)
 (蔵ノ介には見られたけど。)

(20110928)

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