四天ぶっく

□彼はあたしの薬物
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壊れてる。異常過ぎる。全くもって、あたしには理解出来ない。あたしの彼氏である財前光は、こんなこと絶対にしないようなキャラだったのに、いつの間に彼はこんな変な人に変わっちゃったんだろう。



「すき、すき、すきすきすき…」



あたしを強く強く抱きしめて、あたしが苦しくて足掻いたりもがいたりしてるのなんか完全無視で、ただただあたしに好きを連呼する。彼は、光はこんな人間じゃなかったはずなのに。ツンツンして、モテるくせに女には興味ないみたいな顔してた奴なのに、今じゃまるでそこらのペット同然。



「わかった、わかったからとりあえず離れて、」

「やだ」

「何で、」

「嫌なもんは嫌や。」



光の甥っ子なら素直にはーいとか言って離れてくれるのに、何で全く離れてくれないんだろう。あたしの首元に顔を埋めて、頭をぐりぐりとこすりつけるような仕種をして。本当に、小動物さながら。もっと言えば、あたしが今現在飼ってるペットの犬の方が、あたし達の邪魔をしないように部屋から出て行って、光なんかよりよっぽど利口。



「すきすきすき…愛しとる」

「うん、あたしも。」

「ほんまに…!?」

「うん。」

「っすきや!」



ちょっと言葉を返してあげれば、数万倍返しくらいで喜びと愛に満ち溢れた言葉が降り懸かってくる。
こんな光の姿、学校内で知られたらどうなるんだろう。学校でも抱き着いてきたりキスしてきたりはするけど、ここまで金魚のフンみたいにべったりくっついてるわけじゃない。流石に光も自重してるらしい。だからこそ部活の先輩達なんかは白目でもむいて、気絶なんかしちゃって病院送りになるんじゃないかと思う。
こうやって家デートの時だけベタベタする生活にあたし達は慣れてきちゃうと、やっぱり考えるのはもっとベタベタすることで。初めは家デートの時だけだったベタベタも、いつの間にか放課後、朝、休み時間、と普段のあたしだけの自由な生活に侵食しつつあるのが現状。この間だって、光がもっと一緒に居たいとか駄々をこねだして、結局次の時間の授業をサボっちゃったし。



「とりあえず離れよう、光。」

「あかん、しぬ。」

「大丈夫、死なないって。」

「………ダメ?嫌いなん?」

「そういうわけじゃないけど…」



そんなの、ずるい。うるうるして今にも泣くんじゃないかっていうくらい目に涙を溜めて、じっとあたしの目を見つめてくるなんて、卑怯すぎる。あたしが光のそういう仕種に弱いっていうのを光だってよく知ってるはず、だからこその行動なのかもしれないけど。
これだと、多分あたしがトイレに行きたいだとか言っても、トイレのドアの真ん前までついて来るだろうし、飲み物取ってくるとか言っても全く離れないんだと思う。能ある鷹は爪を隠すっていうけど、光のそんなスライムみたいな能力、あたしは知りたくなかった。



「だいすき、やから…」



許して?って言いたいんだろうところを堪えるように口をつぐんだ光は、軽く瞼を伏せるようにしてあたしの肩にもたれ掛かる。あくまでも、もたれ掛かる。離れてって言ってるんだからもたれ掛かるのだってアウトなんだけど、光的には考慮してるんだと思うと許せちゃうところ、あたしの頭も大分いかれてきたらしい。



「もう、仕方ないなぁ…」

「おおきに。…ほんま、すき。」



ぎゅーって、またしても苦しいくらいに抱きしめてきた、かと思えば、何回も何回もキスしてきたり首やら耳やらを舐めてきたり。犬みたい、そう言って軽く笑ってやればニヤリと妖しい笑みを浮かべた光が目に映った。
光の尻から伸びた架空の尻尾がブンブンと、もげそうなくらい勢いよく振られてるのが見えてきそう。っていう程にわかりやすい笑顔を浮かべた光は、やっと一旦あたしから体を離して、それから飛び付くという言葉がピッタリ当て嵌まるくらい華麗なジャンプで抱き着いてきた。つまり光は、犬みたいって言ったあたしの言葉に反応したらしい。



「ひかっ、くすぐったい…!」



なんて言っても光がやめないことくらいよくわかってるし、これが光なりの愛情表現だってことも、よーくわかってるつもり。だからこそすきすきすきって光に沢山言われて、あたしから光への信頼度が高まっていってるのは気付いてたけど、もっと重要なことにあたしは気付くのが遅かった。
すきすきすき。そう言われれば言われるほど、好きになって、愛して、依存してたのは実はあたしの方。


彼はあたしの薬物


(20100728)

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