四天ぶっく

□傷
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「痛っ……」



彼氏である白石蔵ノ介の手からは、大量の血が流れ出ていた。理由は、あたしが持っているカッターをその手で握りしめているから。
悪いのは全部あたし。蔵ノ介のファンクラブに虐められて、辛くて、だけど蔵ノ介には迷惑かけたくないから。だから自分を傷付けて、傷付けて。別に死にたいわけじゃない、寧ろあたしはまだまだ生きていたい。だけどこうやって自分を傷付けないとやっていけない、それくらい虐めが辛い。
それなのに、蔵ノ介は一切悪くないのに。蔵ノ介があたしに向けて放った一言は、こんな最低なあたしを怒るでもなく、軽蔑するでもなく、ただただ悲しみに満ちた「ごめんな」だった。そんな蔵ノ介に、あたしは何て言葉を返せば良いのかわからなくて。



「俺…気付いてやれんかった。彼氏として最低やんな。」

「そんなこと、」

「ほんまにごめんな。」

「………ごめんなさい。」



涙が止まらなかった。あたしはあたし自身を傷付けてきたつもりだったのに、本当に傷付いたのは蔵ノ介の方で。そんなことに今更気が付いた自分が最低で醜い。蔵ノ介があたしのこんな姿を見て悲しまないはずなんかないのに、それはずっとずっと昔からわかってたことなのに、蔵ノ介の悲しそうな顔を見るまで気付けなかったなんて。
謝って泣き出すあたしを見た蔵ノ介は目を大きくして、それからあたしから取り上げたカッターを置いて優しく抱きしめてくれた。



「名無しさんは謝らんでえぇんや。ほんまはすぐに相談してくれれば嬉しかったんやけど、名無しさんが抱え込みやすい奴やってわかっとったんに気付けんかった俺が悪かったんやし。人間なんやから、辛いことから逃げ出したいって思うんはしゃーないやろ?せやから、名無しさんは謝らんでえぇよ。」

「っ…ごめ、なさっ」

「俺は名無しさんに謝られるより、名無しさんが泣き止んでくれる方が嬉しいんやけどなぁ?ほら、涙と鼻水で顔がぐしょぐしょやで。」



そう言って笑ってくれる彼の心の広さに、あたしは感謝するべきだと思う。不意に触れた、彼の血だらけの手を軽く握って、あたしは祈るように目を閉じた。「蔵ノ介がこれからもあたしの傍に居てくれますように。」と、心の中で呟きながら。



「今手当てするね。」

「おおきに。」

「……痛く、ないの?」

「こんなん、名無しさんに比べたら大したことないわ。」

「あたしは怪我してないよ?」

「体は、な。」



そう答えた蔵ノ介は眉尻下げて、一息ついてから「せやけど心は大怪我したような顔しとるで。」と付け足す。それは、あたしの顔があまりにも苦しく辛そうに見えると理解して良いのだろうか、あたしにはわからない。だってあたしは、そんな顔してるつもりは一切無かったんだから。



「あたしね、蔵ノ介に迷惑かけたくなかったの。」

「迷惑…?」

「蔵ノ介、部活とか大変そうだから…あたしのせいで蔵ノ介に迷惑かかって欲しくなくて、」

「アホか。名無しさんん中の俺、心ちっさすぎるやろ。ほんもんはそない心ちいさないで。名無しさんは俺の彼女なんやから、迷惑とかそないな心配せんでえぇねん。」



あたしが包帯を巻き終えた蔵ノ介の左手は、優しく、優しく、あたしの頭を撫でてくれた。「それにしても酷い顔しとるなぁ」なんて笑いながら。だからあたしも「うるさい!」って怒った様に笑えば、蔵ノ介は微笑みながらあたしを自分の胸へと若干強引に抱き寄せる。



「やっと笑ったな。」

「え…?」

「やっぱ笑っとる名無しさんん方が好きやわ、俺。せやからこれからも、仰山笑顔見せてな。」



まぁ泣き顔とか怒った顔もそそられるけどな、なんて付け足す蔵ノ介を軽く叩くと、冗談半分の「すまん」が返ってきて。だけど蔵ノ介の言葉を思い返せば顔が赤くなるあたしは、やっぱり何があっても蔵ノ介が好きなんだと思う。






(せやけど暫くノート書けへんなぁ…)
(それはあたしが書く。)
(あー…箸持てるやろか…)
(…じゃあ、あーんしてあげる。)
(テニスも大変やわ…)
(……ごめん。)
(あ!風呂、)
(それは無理だから!)
(まだ言うてへんで?)
(蔵ノ介の変態な脳で考えることくらい大体予想つくもん!)
(…ばれたか。)


(20100629)


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