四天ぶっく

□あいほーぷ
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あんな、完璧な白石君が好き。

あたしの友達は皆そう言う。そんな蔵を彼氏にするあたしが羨ましい、だなんて言わなくてもそう思ってることがわかるくらいに。
確かに蔵は完璧だとか聖書だとかって言われてる、けれど。だからって彼がいつも完璧で居られるわけなんかなくて、人間なんだから『完璧』を守るために努力だってしてる。それを皆はわかってない。



「蔵、休んだら?」

「もう少し、だけ…」

「でも、」

「大丈夫やから。」



皆に蔵のことをよく知ってほしいってわけじゃない。彼女のあたしだけが知ってるっていうのは、やっぱり嬉しいから。だけど、少しくらいはわかってほしい。蔵の努力とか、辛さとか、そういうことをもっと。
もう7時半を過ぎたのに蔵は練習をやめようとしなくて、帰ろうと促しても「もう少しだけ」なんて言って。意地を張られたらあたしは蔵を止められないのを蔵はよく知ってるから、蔵は尚更意地を張る。それが狡くて、いつも負けるあたしが悔しい。



「っ、はぁはぁ」

「蔵…」

「まだ、まだあかん…!」



情けないけど、あたしは部長の重さをわかってあげられない。だからこそ、無理に止めたらもっと辛そうな顔をする蔵に何も言えなくて。歯痒い。あたしは何をすれば良いんだろう。あたしは、ああやって辛そうな顔してる蔵に、何て声をかけてあげられるんだろう。



「蔵…もう、帰ろうよ」

「名無しさん、」



しばらくしてコートにぽつりと座り込んだ蔵の元に歩み寄れば、蔵はただただボールを眺めていた。血まみれになったグリップと、ボロボロになった左手の包帯。そこまでして頑張る蔵の目には、一体何が映ってるんだろう。



「『完璧』って、何なんやろうな…」

「蔵、」

「聖書とか、品行方正とか、無駄がないとか、そういうんようわからへんわ俺…」

「蔵、」

「名無しさん…俺、辛いわ…」



そう言って蔵は、前髪で隠れた目から雫を零した。それによって生まれたコート上に浮かぶ斑点模様が妙に切なくて、ただ、あたしは蔵を抱きしめる。本音を漏らした蔵に、あたしがしてあげられるのはこれくらいしかない。



「もう、帰ろう。」

「せやけど、」

「ボロボロになるのが部長の仕事ってわけじゃないでしょ?」

「名無しさん…」

「あたし、お腹空いちゃったし!」



笑って見せれば、蔵も笑って「仕方ないなぁ」なんて。もしかしたらそう言って笑う蔵が、あたしは1番好きだってことを蔵はわかっていないのかもしれない。泣く程に辛いことがあるなら少しくらい手を抜いても罰は当たらないから、あたしは蔵の笑顔をもっと見ていたい。



「蔵、あたし蔵が好きだよ。」



帰り道、突然にそう呟けば、蔵はあたしを見て驚いたような顔。そりゃあ突然言えばその反応をされるのは仕方がないけど、まるで初めて告白したみたいな空気に恥ずかしくなる。顔を反らしたらくっくっと笑う蔵の声が聞こえた。



「どないしたん、急に。」

「………」

「拗ねんと、教えてや。」

「…あたし、蔵のこと好き。だけどそれは、頑張ってるところだけじゃないの。」

「名無しさん、」



辛そうなところはあんまり見たくない。傷付いてるところは、もっと見たくない。あたしが見たいのは、蔵が笑って楽しそうにしてるところなんだよ。
すると不意に、足を止めた蔵はあたしをぎゅっと抱きしめてきて。どうしたら良いかわからないあたしは、ただそのまま立ちすくむ。暖かいのは季節のせいか、蔵に抱きしめられているせいか、それともあたしが動揺しているせいか。



「く、蔵、急に抱き着くのは反則っていうか、なんていうか…!」

「名無しさんかて、急に告白してきたやろ。反則やで。」

「そ、それは、その…」

「まぁ…おおきに。ほんまに俺、名無しさんが居らんとあかんみたいやわ。」



あたしから少し離れて、蔵はニコッと微笑む。それに答えるように、あたしも笑ってみせた。
頑張って頑張って夢を掴む蔵はカッコ良くて好きだけど、あたしはそんな蔵よりも、こうやってあたしに向かって微笑んでくれる蔵が好きなわけで。「仕方ないから、これからも一緒に居てあげる」なんて偉そうに言えば、痛くない程度に小突かれた。



  蔵が笑顔になるように


(20100508)


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