四天ぶっく

□光不足
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マニキュアが剥がれ落ちるみたく、あたしの心も削られて剥がれ落ちていくような気持ちになった。光が居ない、ただそれだけのこと、だけどあたしにとっては重要なことで。

部室の隅に移動させた机に伏せて、出来る限り大きい音で音楽を流す。勿論作曲は大好きな大好きな光だけど、それだけで満たされるほどあたしは簡単な人間じゃない。だからっていくら音楽を大音量で聴いて居ても「つまらない」を連呼しても、光が部活に顔を出すわけじゃなかった。



「名無しさんちゃーん!いい加減オサムちゃんの耳がおかしなりそうなんやけどー!」

「………」

「名無しさん!せめて音量さげなさい!」

「………」



耳を抑えながら大きい声で話し掛けてくるオサムちゃんと蔵の声も全部聞こえないふりで、寧ろ音量を少し上げる。そうすればオサムちゃんも蔵もおもしろいリアクションをしてくれるんだけど、光が居ない今はそのおもしろいリアクションも全くおもしろくない。つまらない。



「名無しさん!いい加減に、」

「嫌だ」

「あ?聞こえへん!」

「嫌だ!嫌だ嫌だ嫌だ!光が来るまで音楽止めないし音量も下げない!」



我が儘?そんなのわかってる。でもあたしは光が居なきゃ生きていけないってくらい光に惚れてる、だから我が儘上等。いっそ光が居ないっていう理由だけでこの世の我が儘を言い尽くしても構わない。でもそんなことをする気力も無いくらいにつまらない、つまらないつまらないつまらない。

大体、あたしの世界は光が居てこその世界なんだから、光が居てくれないと主人公が居ない物語みたいな。もっと大袈裟に、主人公が殺されるミステリー小説みたいな。そんなの誰だってつまらないに決まってる、それが今のあたしの状況。



「なぁ!ほんまにオサムちゃんの耳が壊れそうなんやけど!」

「知らん!」

「名無しさん、ちょお落ち着きや!」

「煩い!」

「ほな財前探して来たるさかい!」

「っ!」



条件反射。体が勝手にピクッと跳ねて、言った謙也に体ごと顔を向ける。メールが来ない、返信も返って来ない、そんな光を謙也が走って探しに行ってくれると言うのなら遠慮など決してしない。

「ありがとう!」なんて調子良く笑顔を向けて謙也を送り出せば、怒ったような呆れたような顔をした蔵があたしを見ていた。顔を背けると拳骨が一発飛んできて、見なくても蔵が犯人だってわかる。



「名無しさん、お前なぁ…」

「お説教は要りません!光をください!」

「謙也が可哀相やな」

「………」



知らない知らない知らない。あたしと光の愛のためだったら周りの人がどうなろうと構わないくらい、あたしが我が儘だってことは蔵も謙也も皆だってわかってくれてるでしょ?その辺の制御は効かないんだから。



「ひかるー…」

「何やねん」

「え?」



聞き返すと同時に音楽が止まって、さっきまでの大きな音が無くなった静けさが部室を取り巻くけど、あたしが今感じてる静けさは全然別物。ずっと待ち侘びていたはずの光が目の前に居るのに、あたしのちっぽけな脳みそは状況を理解出来ていない。



「阿呆面しとるで、名無しさん」

「ひか、ひかる、光!」

「せやから何やねん。人の曲大音量でかけよって。」

「光が遅いから悪いんだもん!」



どんっとあたしが机を叩けば怪訝な顔をする光に、頬を膨らませて怒った素振りで返す。



「部活も来ないし、メールも来ないし、あたしがどれだけ寂しかったと思ってんの!光の馬鹿!」

「阿呆か。生徒指導受けとったんにメール出来るわけないやろ。」

「生徒指導、って何で!光は何も悪いことしてないじゃん!何で何で何で!オサムちゃん何で!」

「いや、オサムちゃんに聞かれてもなぁ…」

「オサムちゃんの役立たず!」



光が生徒指導とか意味わかんないだとか沢山文句を言いたいところなんだけど、今はとりあえず光が居てくれる喜びを感じたくて。抱き着けば抱きしめ返してくれる光の胸に顔を埋めて気持ちを落ち着ける。






(で、何で生徒指導?)
(ボケ無視したんや)
(は?それだけで何で生徒指導なの!意味わかんないんだけど!オサムちゃんどうにかしてよ!)
(オサムちゃんには無理や…!)
(こんの役立たず偽教師!)
(に、偽はないやろ!泣くで!)
(あっそ)
(酷!)


(20100203)

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