四天ぶっく

□evolve
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大分前に、誰かが私にこう言った。



「好き嫌いってさ、変わると思うんだよね。例えば、小さい頃は嫌いだった食べ物が好きになってたり、逆に嫌いになってたり。」



その時の私はわかるわかる、と頷いていた。そんなもんだよね、なんて相槌を入れたりした。今思えば、そんな返事をしていた自分が有り得ない。食べ物じゃないが、私は彼を嫌いにはならないと思う。



「今日の放課後、ここで待っといてや。」

「わかってるよ。ここから蔵ノ介がテニスしてるの見てるから。」

「俺に穴あかん程度によろしゅう。」

「ばーか」



テニスをする彼も、冗談を言う彼も、その他の彼も皆好き。嫌いな所なんて1つも無い。だから、私は彼を嫌いにはならないと思う。



「ねぇ、蔵ノ介」

「ん?…あ、ちょお待っとってや。」

「何で、」

「はい、どうぞ」



聞き返そうと思えば、ピッという機械音が私の言葉を遮る。それから蔵ノ介の声と同時に頬に暖かい感覚がしてビクリと肩が揺れた。意地悪く笑う彼に気を取られそうになりながらも、頬に当たっている物に手を触れる。



「……"ほんのりあったかココア"」

「暖まるやろ?」

「まだ季節的に早いと思うけど、」



そう言いながらも缶を開けて一気に喉を通す。気持ち良く、ココアが喉を通って胃にたどり着いたのがわかった。



「っ…はぁ!」

「見事な一気飲みやったわ。」

「でしょ?」

「オヤジ臭かったけどな、」



笑ってそう言う彼に、軽く蹴りを入れて私は彼に背を向けた。それを謝りながら走って追い掛けてくる彼に、何故か笑いが込み上げてくる。



「怒ったん?」

「全然?」

「ほな、良かった」

「呆れたけど、」

「……何に?」



私の事を追い掛ける蔵ノ介が可愛くて、謝りながら走るその姿は滑稽なのに、それが何故か愛しくて。呆れたのは、私が彼を好き過ぎるって事に。
それには答えずに、笑いながら首を左右に振ってごまかす。勿論彼は首を傾げるけど、私が歩き出せば自己解決して、また私を追い掛けてくる。



「ホットココアって何で暖かいんだろうね?」

「そりゃ、ホットやからちゃうん?」

「そこはね、私的に"愛情が混ざってるから"とか思いたいわけ。」

「ほな、それでえぇんちゃう?」

「適当だね。」

「そういうんは考えん方がベストやと思うとるんや。」



彼は大人だと思う。私なんかよりずっとずっと。だからきっと、私みたいに無駄な事は考えないし、それ以前に変な疑問は浮かんだりしないんだと思う。



「それにな、もしも名無しさんの言う通りやったら、さっきのココアに混ざっとる愛情はほんのり程度やで。」

「ほんのりあったかだったからね。」

「せやろ?愛情をそういうんで決めたらあかんと思うわ、俺は。」



その言葉に妙にすんなり納得出来てしまうのは、やっぱり"好きだから"なのだろうか。それはそれで、どこかくすぐったい。
蔵ノ介の言う通り、愛情をそういうので決め付けるのはいけないんだと思う。だからこそ、小さい頃好きだった食べ物が嫌いになっても、私は彼を嫌いにならないんだろう。



「良いこと言うね。」

「ホントの事言うたまでや。」

「まぁ、そうなんだろうけど、」

「なん?」

「安心した。」



実は食べ物の好き嫌いと同じように、私も好みが変わってしまうんじゃないだろうか、なんて思っていた。きっと、だから気にしていたんだと思う。



「なんだかんだ言ってもさ、蔵ノ介の事好きみたい、私。」

「おん…?意味わからへんのやけど、」

「蔵ノ介は気にしなくていーの!」



彼に気にして欲しくない。私が好きとか嫌いとかどうでもいい事を考え込んでいた、なんて。だって、ほら。蔵ノ介は大人だから。



「まぁえぇけど、」

「とりあえず好きってこと」

「ん、おおきに。」



その瞬間、私の唇に触れた暖かい感触は、多分気のせいじゃなくて。目の前に彼の顔がドアップだったことに驚いた。



「キス、ですか」

「何やねん…その表情。」

「突然過ぎたから、頭狂ったかと思った。」

「そんなんちゃうわ。愛情や、愛情。」



もう一回するか、なんて聞いてくる彼に呆れた顔を向けた。確かに、私は彼を嫌いにはならないと思う。だけどきっと、好きなタイプは変わるだろう。



evolve




(まるで猿が人間になるかのように…)
(はい?)
(独り言独り言。)



(20091024)

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