比嘉ぶっく

□手持ち花火
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「花火すっさー。名無しさんもちゅーあんに?」
   (花火するぞ。名無しさんも来るだろ?)



それは、あまりにも突然のお誘いだった。
残っている夏休みの日数と、残っている宿題の量がかみ合っていないことに気付いたのはついさっき。だから何とか早く終わらせるべく、家着のままで勉学に励んでいたって言うのに。
突然チャイムが鳴ったから誰かと思って顔を覗かせれば、夏休み中の部活の所為か、前よりも黒くなった彼が満面の笑みでそう言ったのだ。



「あたし、宿題やらないと。」

「は?冗談?」

「何であたしの必死を冗談の一言で終わらせようとしてるわけ。兎に角、今日は忙しいの。」

「わんだって忙しいさぁ。」



花火をしようと誘ってきた人が「忙しい」なんて言っても、説得力の欠片もない。彼、凛が本当に忙しい人だっていうのはわかってるけど、だけどやっぱり。
返事に困っていると、今度はさっきまでの笑顔を崩して、眉を下げる。凛お得意の泣き落とし作戦。ここで「うん」って言わなかったらどうなるか、なんて、きっとあたしが一番よく知ってると思う。もしも泣き落とし作戦で良い返事を得られなかった場合は、凛曰く秘密兵器の逆ギレ作戦を決行するに違いないから。



「なー、花火行かやー。ならん?」
   (なー、花火行こうぜ。ダメ?)

「凛って、駄々こねるの上手だよね。」

「うんぐとーる話してねーらん!」
   (そんな話してないだろ!)



ぷぅ、と頬を膨らませて拗ねてみせる凛は可愛くて、それでいて少し悔しくなる。好きな人がわざわざ遊びに誘いに来てくれて、今こうやって一緒に居るだけでも楽しいのに、遊びたいって駄々をこねるなんて。誘惑に弱くて、今まで夏休みを満喫してしまった人が、今更誘惑に勝って断れるなんて……そんなはずがない。いつもそんな理由で凛に負けちゃうのが悔しい。



「……わかった。」

「……つまり?」

「着替えてくるから待ってて。」

「流石わんぬ彼女やさ!」



嬉しい、大好き!と抱き着いてくる凛に一気に恥ずかしさが込み上げて、照れを隠すように玄関のドアを閉めた。これじゃ、どっちが女かわからないような台詞だったし。そもそもあたし、女の子なのに部屋着姿で彼氏の前に出ちゃったし。今更だけど!
即行で部屋に戻って服を着替えはじめる。凛を待たせてるわけだから、あまり時間はかけられないけど、少しくらいお洒落しちゃおうかな、なんて。それから、化粧も薄っすらとだけどしてみようかな、なんて。



「お待たせ!」

「……、お、おう。」



あたしを見るなり、急に顔を赤くして反らすってことは、少しはお洒落した甲斐があったかもしれない。わざとらしく「どう?」なんて服装をアピールしてみせれば、真っ赤な顔を腕で隠しながら「ちゅらかーぎー(可愛い)」って。そう言う君の方が可愛いよ、そんなありきたりの台詞が浮かんだことは言うまでもない。
それから、まるでさっき付き合ったばかりのカップルみたいに「あ、い、行かやー」「え、あ、う、うん!」という会話をして向かった先は、近所の海辺だった。その先で、甲斐くんがぶんぶんと手を振り、木手くんと知念くんが軽く手を上げる。



「久しぶりですね。」

「久しぶりだね。木手くんと知念くんは学校でしか会わないから。甲斐くんは家近いから、たまに、ね。」

「わんと名無しさんや毎日電話してるさぁ!」

「ぬーやが凛、いきがぬ嫉妬やみっともねーらんどー。」
   (何だよ凛、男の嫉妬はみっともないぜ。)

「ち、違いん!」



甲斐くんの言葉に、顔を赤くして反応するあたり、図星だったんだと思う。凛らしいというか、何というか。あたしが来る前から準備されていた大量の花火を持って、一人だけ先にやり始めるところなんかは特に。
それからは、凛に呆れた視線を送って、それぞれ花火を楽しんだ。一緒に花火をしているのが、人に向けたりするような危険な馬鹿どもじゃなければ、もっと楽しめたような気もするけれど。すると不意に、花火を楽しんでいるあたしの腕を誰かが掴むから(想像はついているけど)振り向けば、笑顔の凛が最も静かな花火を片手に楽しそうに笑う。



「名無しさんぬ家ぬ前でやるんど。」

「え、ここは?」

「抜け出す。」



あたしにそれを拒否するすべがないことは、ここに来ている時点であたし自身が一番よくわかっている。だから、今更首を横に振るつもりなんてない。笑顔の凛で笑顔で返せば、もっともっと溢れんばかりの笑顔が返ってきて。
凛と居ると振り回されてばかりのような気がするけれど、それでも構わない。そう思えるのはきっと隣の彼が大好きだから。


手持ち花火

(凛、線香花火落ちるの早すぎ。)
(うがー!悔しい!)
(もう少し落ち着けばもっと良い男なのに。)



★★★
手持ち花火=振り回す

(20120818)

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