比嘉ぶっく
□今年の目標は
1ページ/1ページ
あたしの愛犬は、馬鹿だ。
と言ってもこれは貶し言葉じゃなくて、とても愛おしいという意味。馬鹿で可愛いところが愛おしい。あたしの膝を枕にして規則正しい寝息を立てる彼の頭をそっと撫でてやれば、寝ながらにしてその感覚に気付いたのか、彼は小さく笑みを零した。
「ゆーじろー、」
「ん、んー」
「ゆーうーじーろーうー?」
「ん、ふ、」
頬を突く度にくすぐったそうにそうに頭を動かすが、起きる気配はない。……と、言うより“意図的に起きない”と言った方が正しいかもしれないが。狸寝入りをしている彼も悪いけれど、そんな彼が狸寝入りだと気付かないふりをして頬を突いたり抓ったりするあたしは自分でも思うくらい大分悪戯好きだと思う。
ていうか、もう、本当に可愛い。
「ちゅーすんどー?」
(ちゅーしちゃうぞー?)
「……っ、」
「まぁ“起きたら”ぬ話やしが。」
(まぁ“起きたら”の話だけど。)
そんな誘い文句を呟きながら、彼の鼻をつんつんと触れると、彼はうっすらと目を開けて「じゅんに?」と小さな声で尋ねる。それに対して、あたしも「じゅんに。」と同じように小さな声で耳元に向かってそう零せば、ほんの少し顔を赤くした裕次郎はがばっと起き上がって、ぎゅうぎゅうとあたしを抱きしめた。
言うことを聞いたらご褒美をやるのが、犬の正しい飼育方法らしいから、ちゃんと起きたご褒美として彼にキスを一つ。
「うきみそーちー。」
(おはよう。)
「なぁ昼さぁ。」
(もう昼だよ。)
「……あぃ、しんけん?」
(あれ、本当?)
「ぬーんちくぬタイミングでゆくしつくばぁ。あたし、正月ゆくいくらい、もっとラブラブしーぶさん。」
(何でこのタイミングで嘘つくの。あたし、正月休みくらい、もっとラブラブしたい。)
ふさふさな毛をわしゃわしゃと触りながらそう漏らすあたしに、彼は少し申し訳なさそうに頭を垂れた。彼が忙しくて、あたしとラブラブいちゃいちゃする時間があまり無いのは、しっかり理解してるつもりだし、寧ろ一生懸命時間を作ってくれてる彼に感謝すべきなんだろうけど。
折角、今年は一緒に年も越せて、それどころか年末年始の休み全てを一緒に過ごせる予定なのに、何も思い出が残らないなんて悲しいことはしたくない。あたしは、彼と一緒に居るだけで幸せ、だなんてそんな台詞が言える程愛に満ちてないんだから。
「ゆーじろー。」
「んー?」
「ぬーがらしーぶさんー。」
(何かしたいー。)
ゆっさゆっさと彼の体を揺さぶりながらそう言うと、その心地良い揺れに身を任せながら、例えば?と返してくる。そんな姑息な切り返し方、どこで覚えてきやがったんだこの犬っころめ。
その仕返しとばかりに、あたしはニコリと笑って答える。
「裕次郎ぬしちゅんくとぅねーぬーやてぃんしむさ。骨かむばぁ?庭はしりみぐぃん?あ、ボール投ぎてぃとぅらすん?ん?」
(裕次郎の好きなことなら何でもいい。骨噛む?庭走り回る?あ、ボール投げてあげる?ん?)
「…………、わん、ぃやーぬくとぅわじらしちゃん?」
(俺、お前のこと怒らせた?)
「うん。」
「え、あ、だぁ、わったさん!折角ぬゆくいやしが、名無しさんぬくとぅわじらせるちむえーやねーらんたん!やくとぅ、」
(え、あ、えっと、ごめん!折角の休みなのに、名無しさんのこと怒らせるつもりはなかったんだよ!だから、)
「ふは、ゆくしさぁ。」
(嘘だよ。)
すごい剣幕で何度も何度も土下座する裕次郎に、あたしは思わず吹き出した。冗談のつもりで言ったのに、そこまで本気にするとは思わなかったし、まさか土下座までするなんて思い付くはずもない。
笑うあたしに、裕次郎はキョトンとして、それから頬を膨らませてみせる。それを「可愛い」と言えば、更に怒ったような不貞腐れたような様子。
「裕次郎?」
「……決みたん。」
(決めた。)
「ぬー?」
(なに?)
「デート行かやー!」
(デート行こう!)
「ちゃーしちゃんばぁ!?」
(どうしたの!?)
「ふん!名無しさんがちゅらかーぎーとぅかあびたんがわっさんやっし!」
(ふん!名無しさんが可愛いとか言ったのが悪いんだろ!)
そう言うと、頭に疑問符を沢山浮かべるあたしの手を引っ張って、大してお洒落もしてないのに、外に連れ出された。
あたしの手を引きながらどんどんどこかへ向かって進んで行く裕次郎に、予想はついているけれど、質問を一つぶつける。そうすれば予想通りに帰ってきた答えに、あたしはまた吹き出した。
今年の目標は?
(ちびぬぐとぅいきがんかいないん!)
(立派な男になる!)
((成長しないところも可愛い。))
★★★
20120113.マガジンお正月企画