比嘉ぶっく
□ろーりんぐ!
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あたしは木手君が好きだ。
でも木手君はあたしが嫌いだ。
「木手君!」
「煩いですよ。練習の邪魔をするくらいなら、洗濯でもしてなさい。」
「……はい、」
木手君とあたしは、ただの選手とマネージャー。それ以上でも以下でもなければ、それ以外の何者でもない。強いて他の関係を上げるとするならば、木手君はあたしの片思いの相手というくらい。だからあたしとしては、もう少し木手君と近い関係になりたいわけなんだけど。
話しかけても簡単にあしらわれ、終いには洗濯を任されてしまった。仕事を頼んでくれるだけ嬉しいと思うのが普通なのかもしれないが、これは木手君の作戦であり、あたしが暫く木手君の元に近付けないくらい忙しくしてやる、というのが本来の目的だということはわかってる。
「はあ、」
「うわ、暗っ!」
「あ、頼りにならない仲間達だ。」
「ぬーやが、」
(何だよ、)
頼りにならない仲間というのは、言わずと知れているが凛ちゃんと裕次郎。協力してやる、と物凄く楽しそうな面白そうなムカつく笑顔で言われたことは鮮明に覚えている。が、これといって役に立つようなことをしてくれた記憶は一切無い。現に今も、笑って話しかけてくるだけで、あたしの手伝いなんかしてくれない。選手だからそれはいいとして、だったら邪魔だから出て行っていただきたいのに。この二人が空気を読んでくれないのは、よくわかった。
「ぃやーも、あびりけーせばゆたさんあんに。」
(お前も言い返せばいいだろ。)
「何を」
「マネージャーは雑用係りじゃないのよ!」
見た目とマッチした凛ちゃんの女声に笑いを堪えながら、言えるわけないでしょ、と返す。因みに、隣の裕次郎は声が出ないほどに大爆笑しているけど、これは無視。
そうすれば凛ちゃんは溜息を吐いて、情けないだの弱虫だのと罵声を浴びせてきた。そりゃあたしは、女声で話して親友の様な友達の様な仲間に大爆笑されるほどの勇気は持ち合わせてないけど、何もそこまで言わなくてもいいのに。
「ま、当たって砕けれー。」
「本当に砕けるから、そんなこと言わないで。」
:
:
とは答えたものの、言わないと先に進めない気がする。
洗濯も完璧に終わらせたし、ボールも拾い終わったし、マネージャーの仕事はすべて終わらせて、何も言われないようにした。だから変な言い逃れは出来ないはずだし、凛ちゃんの言う通りに当たってみるのも良いと思う。
「木手君!」
「またキミですか。」
「ふん!」
絶対負けないんだから!という心持ちで、胸を張って木手君からプイと顔を背けた。すると、木手君の方から盛大な溜息が聞こえてきて、いつものように言う。「そんな暇なことするくらいなら、仕事しなさい。」と。いつもはここで「はい、」と言うしかないあたしだけど、今回は違う。
「仕事はもう終わってるよ!」
「ほう、」
自信満々にそう答えたあたしに、木手君は少し声を渋らせて、けれどそれを隠すような物言いであたしを見定めるように頷く。アレを言うタイミングはここしかない。凛ちゃんに教わった通り、自分の意志を貫くように、強く。
けれど、あたしが「あのね、」と言おうとしたまさにそのタイミングで、木手君はいつもとは違う顔をあたしに見せた。それはつまり、笑顔、だと思う。初めて見るせいか、木手君だからか、それが笑顔だというのを認識するのに数秒かかってしまった。
言葉が出ない。
「俺の彼女になりたいというのなら、いつもそれくらいやってもらわないと困りますね。」
「え、えっと、」
「名無しさんさんが俺を好きなことくらいバレバレですよ。」
ふ、と笑って、それから木手君があたしに目を合わせる。
ろーりんぐ!
(頭の中で思考が渦を巻く)
(20111226)2010・11企画「ろ」