比嘉ぶっく

□好きなこと
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練習、練習、練習。そればかりで彼は辛くないのだろうか。部長として強くなくちゃいけない、勝たなきゃいけない、そう思うのはわかる。けど、それで彼がテニスを楽しめている様には見えない。



「はい、タオル」

「ありがとうございます。」

「…まだ帰らないの?」

「…もう少し、」

「そっか。」



いつからか、彼は私に先に帰るように言わなくなった。理由はわからないけど、きっと心のどこかで誰かに癒しを求めているから、だと思う。誰かが傍に居て、力を与えてもらう事を。



「永四郎、」

「はい?」

「いや、何でもない。」



言えば彼は目を細めて、それからふっと笑みを零した。もうすぐ8時になるだろう頃、それでも電気のおかげでコート内はよく見える。辛そうな永四郎の表情も同じ、よく見える。それが身体的なものか精神的なものかはわからないんだけど。



「名無しさん、」

「ん、何?」

「寒かったら言いなさいよ。」

「大丈夫だよ、本州出身なんだから。暖かいくらいだし。」



こっちを向いてはいないけど、声が心配してくれている。そんな彼に笑って答える。勿論こっちは見ていないけど、彼も微笑み返してくれた。



「肩、壊さないようにね?」

「わかってますよ、それくらい。」

「流石、部長。」

「部長である以前に、俺もテニスの選手ですから。」



言いながらこっちを見て、永四郎は私に笑ってみせた。そんな永四郎に「そっか、」とだけ言葉を返す。それでも、心配してくれてにふぇーでーびる(ありがとう)なんて言われて、思わず頬が緩んだ。



「あぁ、ハンバーグ」

「ん?」

「名無しさん、昨日食べたがってたでしょ。」

「あぁ、うん。」

「あんまーに頼んで、今日の晩飯をハンバーグにしてもらいました。」



勿論来ますよね?そう言う永四郎はずるい。わざわざお母さんに頼んでまで作ってもらったというのに、私が断るなんて出来るはずがない。それをわかってて聞いている彼は本当にずるいと思う。行くよ、そう答えると彼は満足気に微笑んだ。



「あんしぇー、帰りますか。」

「うん。あ、ボール拾い手伝うよ!」

「あぁ、にふぇーでーびる。」

「どういたしまして。」



それから2人で、永四郎が打ったボールを拾い集めて。部室にボールを片付けるとすぐに私達は帰路につく。私に合わせてゆっくり歩く永四郎の腕にしがみつくようにすれば、彼は私を子供扱いするかのように頭を撫でてきた。



「子供扱いしないでよ。」

「俺から見たら子供みたいなもんですよ。」

「ちびとでも言いたいのかな?」

「くくっ、可愛いと言ってるんです。」

「っ、ばーか!」



不意打ちだ。可愛いなんてそうそう言ってくれる言葉じゃないから、そんなこと言われるなんて思ってもみなかった。しかもこんなにサラっと。言い返すのと同時に軽く殴ってみると更に笑われたから、私の顔は一気に熱くなる。



「名無しさん、」

「な、何…?」

「好きです。」

「テニスより?」

「当たり前でしょ。」



微笑みながらそんな事言うから、反射的に「私もだよ」と答えてしまった。別にその言葉に嘘はないんだけど、やっぱり恥ずかしかったりするのだ。



「ですが、やっぱりテニスも好きですよ。」

「ねぇ、部活楽しい?」

「練習は厳しいですが、楽しいです。」

「…そっか、良かった。」



言えば、永四郎は小さく首を傾げたけど、私はただ笑ってみせるだけで。永四郎の腕を引っ張るように歩くと、永四郎は「やめなさいよ」なんて言いながらも、呆れ笑いをして私に合わせてくれた。



「永四郎がテニス楽しいなら良いの!」

「名無しさん、ちゃんと説明しなさいよ!」

「やーだよ!」

「…まぁ、言うと思ってましたけど。」



溜息をついて、笑って、まるで酔っ払いみたいに2人で歩いて、それからまた笑い合う。練習は厳しい、けれど楽しい。永四郎からそんなことを聞いたのは初めてで、何故かとても嬉しく感じた。





(さてと、ハンバーグハンバーグ!)
(少しは遠慮しなさいよ。)
(そ、そんなお母さんみたいなこと言わないでよ!)



20100127.闇†風

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