立海ぶっく

□普通
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隣の家に住んでる雅治くんは兎に角イケメンで、同い年であるにも関わらず、話しかけるのを躊躇ってしまう。その所為か、学校に登校する時に会ったりすると、ちょっとだけ気まずい気持ちになる。同じ学校ということもあって通学路が同じだし、そうすると自然と一緒に歩いてるみたいになっちゃうし。それは、あたしには得に見えるけど、雅治くんにとってはどうなんだろう。こんな女と歩いてて、仮にカップルと間違われたら、雅治くんの質を落としちゃうみたいで申し訳ない。



「待ちんしゃい。」



と、いうことで、ばったり会ってしまった今日。いつものように忘れ物をした風に、家に戻って5分後くらいに出ようと思ったのに。雅治くんは、あたしの腕を掴んで離そうとはしなかった。雅治くんが何を考えてるのか当てることは、容易なことじゃない。それは今も例外じゃなく、雅治くんは一体何を考えてるんだろう。
雅治くんを見て、しっかり握られた手を見て、それからまた雅治くんを見れば、ハッとしたように雅治くんはあたしの手を離した。



「す、すまん。」

「えーっと、あたしに何か……?」

「いや、その、……また忘れ物したんか?」

「あ、えっと、鍵かけたかなーって。」



言い訳が苦しすぎたかもしれない。鍵は絶対にちゃんとかけた記憶があるし、しっかりがちゃがちゃって確認までしたから。けれど、その苦しい言い訳に突っ込まれることはなくて。雅治くんはと言えば、いつものカッコいい様子とは裏腹で、そわそわしてるというか、挙動不審。こんな雅治くんを見るのは初めてだから、どうしたら良いのかわからない。いっそ、家に逃げ込もうか。



「かけたぜよ。」

「え?」

「鍵、」



ドアに向かって一歩、それと同時に雅治くんはあたしにそう言った。バカなことをしているという恥ずかしさと、そんなところまで見られてたという恥ずかしさが合わさって、あたしの顔を一気に赤く染め上げる。
とりあえず、このままこの場で立ち往生するわけにもいかないから、雅治くんの手を引いて「学校遅れちゃうよ!」と。今のあたしにはそれが精一杯。



「名無しさん、」

「っ!な、何であたしの名前……」

「手、痛いんじゃが。」

「あ、ごめん!」



必死のあまり、凄く力強く握っていたらしい雅治くんの手には、あたしの手の跡がくっきりと残っていた。それを雅治くんが擦りながら、大丈夫じゃ、と呟く。いくら女の力といっても、雅治くんの手はすごく大切なモノなのに。怒られるのを覚悟でもう一度謝れば、雅治くんは少し戸惑った様子であたしの頭を撫でる。



「……お前さん、無自覚すぎぜよ。」

「……?」

「あんまり可愛い顔しなさんな。」



一瞬、聞き間違いかと思った。けれど、雅治くんは至って真剣にあたしを見据えている。あたしに可愛い顔というものをした記憶はないんだけど、雅治くんの視線はどう考えてもあたしを指しているし、あたしに言ってることは間違いない。
じゃあもしかしたら、本当にあたしの聞き間違いかもしれないと思って「可愛い?」と(自分で言うのも恥ずかしいけど)聞き返してみれば、何も言わずにこくりと頷かれたから、もう何も言えない。



「あ、ありがとう……?」

「ふは、」



返す言葉がなくなって、だからといって黙ってるわけにもいかないから、とりあえず“可愛い”のお礼を。すると、雅治くんは急に吹き出して、笑いながら「俺の予想通りじゃ」とかなんとか。よくわからない。褒められているのか、貶されているのかも。その気持ち通りに首を傾げれば、雅治くんは一つ咳払いをした。



「一度しか言わんけぇ、よく聞きんしゃい。」

「うん」

「名無しさん、俺はお前さんが好きじゃ。初めて見た時から、ずっと気になっとった。じゃから、その……」

「っ、」



顔を真っ赤にして目を泳がせながら言葉を紡ぐ雅治くんに、あたしは少なからず期待を向ける。最後の一言を待ちわびて、ゴクリと唾を飲み込んだ。そして、



「付き合ってくれんかの……?」

「……あ、うん。」

「な、何じゃ、その顔は!」

「えっとー、そのー、」



普通。
彼の告白はあまりにも普通だった。
悪いとは言ってないけど。
もっとキザなこと言うのかと思ったのに。

普通だった。



(20120829)

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