立海ぶっく
□サンタの住めない世界
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「ん、何でお前さん……あぁ、クリスマスか。」
妙な息苦しさを感じて目を覚ました俺の視界に映ったのは、どアップの名無しさんだった。寝起きの妙な息苦しさは、状況からして、名無しさんが俺の上に寝転がっているかららしい。
傍迷惑な彼女じゃ。まぁ、その行動の何もかもの原因が俺にあるのは、時計を見ればすぐにわかることじゃが。……11時、か。
確か“俺が名無しさんの家に迎えに行く”時間は10時の予定だったはず。名無しさんが迎えに来てくれるという結果になったのは良かったが、1時間分、名無しさんを見る時間を逃したと考えると、少しだけ悔しい気持ちになった。俺らしくない。
「ちょっと、着信履歴見てみてよ!」
「んー……うわ、」
言われた通り、もそもそと布団の中に隠れているであろう携帯電話を探し出して、開いてみる。すると待ち受け画面に映し出された不在着信の数を見て、思わず声が零れた。
【不在着信:33件】
【10:01 名無しさん】
【10:02 名無しさん】
【10:04 名無しさん】
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「……そんなに心配してくれたんか。」
「違うよ!雅治のことだから絶対寝てると思って電話しまくったの!起きてなかったけど!」
「絶対寝てる、なんて心外じゃ……」
「寝てたくせに!」
名無しさんが俺の上で暴れるたびに、溝が肘で押されていて、少し苦しい。それを回避するために名無しさんを自分の体の上から降ろすと、体をゆっくりと起こした。名無しさんとの時間を欲して起きようとする心とは裏腹に、体自体はまだ眠たいらしく、自分の体なのに重みを感じる。
携帯の電波時計は、もう既に11:30と表示していた。
「あー……お前さんのせいで充電が50%じゃ。」
「あたしのだって似たようなもんだったんだからね!」
「それはお前さんが俺の寝顔を盗撮したからじゃろ。」
「え!?何で知ってんの!?」
「え、冗談のつもりじゃったんじゃが……」
思いもよらない事実と、それを知られてしまったという羞恥が入り混じって、少し沈黙。名無しさんは少し顔を赤くしてそっぽを向き、俺はそんな丁度いいタイミングで着替えを済ませた。そして、何事もなかったかのように「どこに行くつもりじゃ?」と聞けば、名無しさんは振り向いて「どこか!」と適当なことを言い出す。
何処か、って何処じゃ……。
「つまりね、どこでもいいんだよ。あたしは、ただ雅治と一緒に居たかっただけだし。」
「……そういうのは男の台詞ぜよ。」
「あ、そ、そっか。ごめん。」
不意に名無しさんがそう言うから、俺は一瞬返す言葉を失った。そんな俺が無理やり紡ぎ出した言葉に、名無しさんは笑ってそう答える。そんな「雅治の台詞奪ってやったぜ、へっへーん!」と言う言葉が今にも聞こえてきそうな表情に、俺はデコピンを一つ。口には出さないけど、少し、ほんの少し悔しかった。
だからかもしれない。
「名無しさん、」
名前を呼んで、無理やり手を引っ張って、そうすれば自然と飛び込んでくる形になった名無しさんを強く抱きしめた後に、長い長いキスをする。キザな男はここで『君の笑顔はどんなイルミネーションにも負けないくらい綺麗だ。』なんて言うのかもしれないが、流石にそんなサムイことは言えない。
その代わり、と言うべきか。イルミネーションの代わりに、一日中俺を見んしゃい。冗談半分でそういえば、意外にも真剣に受け止めた名無しさんは、強く俺を抱きしめ返しながら頷いた。
「ふは、」
「な、何、突然笑って。」
「いや、俺の今の願い事を聞いたらサンタも真っ青じゃろうな、って。」
突然、俺の頭を過った願い事は、あまりにも簡単で、けれどあまりにも難しく、自分でも笑えてしまうくらい滑稽。
クリスマスプレゼントはいらん。強いて言うなら、名無しさんの全部が欲しい。全部、全部、全部。でも、わかっとる。サンタは人間の気持ちをコントロールできるほど優秀な人間じゃなか。それ以前に、もう既に名無しさんの殆どは俺のもんなんじゃから、用無しぜよ。
「ね、サンタさんから何が欲しかったの?」
「秘密じゃ。」
「えー!」
サンタの住めない世界
(俺の世界は俺と名無しさん、)
(それ以外の奴はいらん。)
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サンタさんなんかいなくたって、幸せを掴めますよって話。立海の詐欺師はそういう奴だと信じてます、うちは。
20111221.マガジンクリスマス企画