立海ぶっく
□必ずやって来る。
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「ごめんね。」そう言ったら、彼女が悲しそうに笑うのがよくわかった。
「わかってる、精市は忙しいからね。」なんて言う彼女が、一番辛いのはわかってる。けれど、そんな彼女の為に部活を休んだところで、彼女が本当に喜んでくれないこともわかってるんだ。つまり俺は、どんなことをしても彼女を悲しませることしか出来ない。
「ねぇ柳、やっぱり俺って最低かな。」
「ふ、どうした突然。お前らしくないな。」
「クリスマスなのに練習してるんだよ、俺。名無しさんは今頃、家で泣いてるかもしれないのに。」
「サボっても喜ばないと思う、とかさっきまで行ってたのは精市自身だろう。」
「そうなんだけど。」
それは本心じゃなくて、確かに名無しさんは本気で喜んではくれないとは思うけど、でも会いたい。
咄嗟に柳に断りを入れて、俺は部室まで走って戻った。鞄をごそごそと漁って、携帯を手に取る。着信履歴の一番上にある『名無しさん』の文字を押すのに、そんなに時間はかからない。
もしもさっき俺が柳に言ったように、本当人寂しくて泣いていたらどうしよう。一瞬、そんな不安が頭を過った。
「もしもし」
けれど、数回のコールの後に聞こえた名無しさんの声に、俺は思わずキョトンとしてしまった。泣いているどころか、すごく普通というか、明るいというか。電話しておいて黙っている俺を不思議に思ったのか、名無しさんは「どうしたの?」と聞き返してきた。それに対して、俺は「あぁ、ちょっと電話してみただけ」と強がる。
「名無しさんが暇してるんじゃないかと思って。」
「あ、あのね、明日親戚の家でクリスマスパーティーすることになって、だから準備で忙しいっていうか、その……」
「え、」
「あの、その、精市が忙しくて会えないみたいだから、あたしも行こうかなって、思ったんだけど……」
「あ、あぁ、そうなんだ。良かったね。」
何が良くて、良かったね、なんて言ったのか、自分でもよくわからない。ただ、自分のせいで会えなくなったのに、何故か名無しさんに用事が出来てしまったことがすごく悲しかった。
それから適当な会話をした後、俺は電話を切った。今年のクリスマスが土曜日と日曜日じゃなかったら、ここが立海じゃなかったら、俺が部長じゃなかったら、もっと名無しさんを幸せにしてあげられたのに。
「今年は最悪だなぁ。」
「お前が言わんとしていることはわからなくもないが、顔に出過ぎるのはよくないぞ、精市。」
柳の元に戻ってふと呟く俺に、柳はそう返してきた。柳のそういう大人っぽいところが、時折すごく羨ましくなる。ちゃんと計算して、名無しさんとの時間を作ってあげられたらいいのに。もしくは、もっとわがままを言える勇気があればいいのに。
はぁ、と溜息をついて、俺は練習を再開した。
帰り道、俺は一人でとぼとぼと歩く。学校がある日は、名無しさんが教室で待っててくれるのに。普段の休日練習の時は、誰かかれか部員と一緒なのに。皆して、彼女と一緒にクリスマスパーティーするとか言って早く帰っちゃうし、どこぞの詐欺師なんかは部活にすら来なかったし。
「サンタさんに嫌われてるのかなぁ、俺。」
帰路でぽつりと零してしまった言葉に、何故かとても悲しくなった。自分で言って自分で傷付くなんて、情けないけど。
すると不意に、後ろから誰かが走ってくる音が聴こえた。とたとたとたとた。その音に、何故か心臓が高鳴るのがよくわかる。振り向いても良いのだろうか、気付かないふりをした方が良いのだろうか、数秒葛藤した後に振り向いて、俺は思わず頬が緩んだ。
「良い子にしてれば、サンタは来るんだよ、精市。」
「……名無しさん、」
両手に沢山の荷物を抱える名無しさんは、誰が見ても買い物の帰りだということがわかる。そんな有り得ない偶然と名無しさんに会えたことに対する喜びで、俺は自分でも気付かないうちに名無しさんを抱きしめていた。
もう夜の8時近くといっても、少なからず人通りがあるこの道で抱きしめられたことへの羞恥か、名無しさんの顔が赤くなる。けれど、俺はそんなことなんてお構いなしで、名無しさんにそっとキスをした。
「ごめん、何か、すごく寂しくなって。俺の所為で会えなくなったのに、何か、とりあえず、ごめん。」
「ううん。あたしもごめんね。」
「良いよ、今、こうしてるだけで幸せだから。」
(サンタクロースは)必ずやって来る。
(どんなに忙しくても)
(それが仕事ですから。)
でも来年はやっぱり、クリスマス中ずっと一緒に居たいなぁ。
ね、サンタさん?
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あれ、激甘リクエストだったのに、甘の欠片も見えないのはどうしてだろう。ていうか、なんか切な、い……?悲しくはないけど、なんか違うよねコレ、違うよね!時間があったら書き直します。
20111223.マガジンクリスマス企画