立海ぶっく
□弱虫ボーイ
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「夢みたい…」
そんな、俺に失礼極まりない言葉を吐いて、俺の想い人である名無しさんは赤ペンで“いちまるまる”と書かれた俺のソレを床に落とした。だけどそんなことにわざわざ腹を立てていられないくらいに、俺も夢の中気分で。名無しさんの掌から滑り落ちたソレを拾い上げて再度何回も確認するけど、やっぱり間違いなんかじゃなく、それは“いちまるまる”だった。
「あ、ああああ赤也が100点!?何で!?」
「お、俺に聞くなっつーの!」
「確かに今回のテストは簡単だったし、100点も少なくないけど!でも赤也が!この赤也が!?」
名無しさんがそんだけ言いたい気持ちもよくわかる。だって、俺、多分人生の最初で最後の満点だと思うし、先生にも「まさかお前が。」みたいな目で見られたし。
でも、嬉しいのはただ満点を取れたからじゃない。今回のテストは俺の中での大きな一つの賭けだったから。
『名無しさん、勉強教えてくんねぇ?』
『え、な、何で急に!?どうしたの、熱でもあるの!?』
名無しさんにそう頼んだのは、丁度テストの1か月前のこと。好きな人と何も進展がない、と先輩に相談したら、テスト勉強見てもらえば?とかいういい案をくれたから、それに乗ってみることにしたのがきっかけ。幸い、名無しさんは頭が良いから、驚きながらもOKしてくれた。
好きな人と一緒にいると勉強が捗らないとかよく聞くけど、俺はそんなタイプじゃないらしい。名無しさんの言葉を聞き逃さないようにしっかり聞いているせいか、頭によく入る。それに、折角教えてもらってるんだから、低い点数を取って好きな人をガッカリさせるわけにはいかない。
『そういえば赤也、部活は?』
『勉強の為だったら休んでも良いって副部長が。』
『へぇ。じゃあ部活休む分も頑張らないとね!』
そう言って小さくガッツポーズをしながら「あたしがきっちり面倒見てあげるから」なんて言うから、俺も思わず小さくガッツポーズをした。
暫く勉強を教えてもらってるうちに気付いたのは、名無しさんがすげぇ面倒見が良いってこと。「あたしの家で勉強する?」なんて言うから遠慮なくお邪魔したら、何も言わずにジュースを出してくれたり、疲れてきたら「休憩する?」とか言ってご飯までごちそうしてくれたし、しかもデザート付きだったし。
言うまでもなく、やっぱり好きだと改めて実感して。そんでもって、いい点とってカッコいいところ見せられたら、告白しようと心に誓った。
けど、いざ言おうとか考えると、緊張してタイミングが掴めない。
「名無しさん!」と声を掛けるところまで成功したとしても、声を掛けた後に紡ぐ言葉が思い浮かばなくて、結局「な、何でもない…」と誤魔化して終わる、の繰り返し。早くしないと、折角自分で作った“いい流れ”が壊れちまうのに。
「名無しさん!あ、あの…」
もう一度声を出して、空っぽとも言える脳みそをフル回転させた。名無しさんがこっちを向く、ただそれだけの動作でさえもゆっくり見えてしまうくらいに緊張する。けど、何とか次の言葉を紡ごうとした、丁度その時。「おー、赤也!」なんて聞き覚えのある声が聞こえたから俺は咄嗟にそっちに振り向いた。
「あれ、赤也の先輩?」
「そ、そう。丸井先輩と仁王先輩。」
「部活の用事なんじゃない?あたし待ってるから、先に行っておいでよ。」
「いや…多分、そんなんじゃない……」
部活の連絡を副部長以外の人がしに来るなんて殆ど有り得ない。ということは、2人の用事はそんなことじゃないはず。あのニヤニヤした顔が特にそれを証明している。
あれ、これってかなりマズイ?もしかして俺、死亡フラグ立ってる?
それはまさに、正解だった。
「ブンちゃん、あれじゃろ?赤也が…」
「あぁ、赤也が好きな女の子?そうそう、あの子。」
「なっ…!」
「ほお、可愛ぇの。」
「だよなー。赤也が告白しねぇんだったらとるつもりだし?」
まるで俺達に向けられていないような喋り方をしてるけど、内容は完全に俺達に向けられている。しかも隣に名無しさんがいるこんな状況で。俺が恐る恐る名無しさんを見れば、名無しさんは顔を赤くして俯いていた。
……っていうか、泣いてる?泣いてない?…え、嘘、俺泣かせた!?
そう思って、ちょっとオロオロして、とりあえず謝れば、名無しさんはただ首を左右に振った。
「え、ゆ、許さないってこと…!?」
「そう、じゃなくて……」
「え、っと…?」
「あたし、赤也のこと、好きだよ…?」
目に涙を溜めてちょっと上目遣いで見られたら、しかもそれが好きな女の子だったらドキドキしない奴はいないんじゃないかと思う。
ビクビクしながら「俺も、好き。」と返す俺の方が泣きそうになった。
弱虫ボーイ
(20110928)