その他ぶっく
□れっつ、すたーと!
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このあたしが何か出来るとは到底思えなかったけれど、道の片隅で不良軍団に殴られている男の子を無視できるほど冷たい人間にもなれなかった。そんなあたしがやったのは、歩道橋の上から不良軍団に向けてテニスボールを打った、ただそれだけ。運良く、車も通行人もいなかった。
「はぁっ!」
打った後は、不良軍団がボールに目を取られている隙に、隠れるようにして退散。顔を見られてあの子の代わりにあたしが襲われたら堪ったもんじゃないし、あたしにはこんな目晦まし程度のことしか出来ないから。
なんて思いながら逃げ帰ってきたわけだけど、あの男の子は大丈夫だっただろうかと、今更になって気になってきた。足が速かったら大丈夫かもしれないけど、もしあの子の足が遅かったとしたら、あたしがボールを打ち込んだことで尚更虐められてしまうかもしれない。
「どうしようかな……」
戻って、遠目でも良いから確認しようかと迷い始めた丁度その時、不意に誰かに腕を掴まれた感覚がして、背筋が凍るような気がした。普段だったら振り向くところだけれど、さっきのことがあった手前、そう簡単に振り向くほどの勇気が湧かない。
さっきの不良軍団だったらどうしよう。見間違いじゃないですか、とかで乗り切れるものなのだろうか。
なんてことを考えながら、あたしは仕方なく、恐る恐る振り向く。
「…………え?」
が、そこにいたのはあたしの想像を遥かに超える人物、さっきまで虐められていたはずの男の子で、あたしを追いかけて走ってきたのだろうか、息を切らしていた。
というか、何でここに居て、今現在あたしの腕を掴んでいるのだろうか。さっきまでは顔があまりよく見えていなかったけど、近くで見たら完全に外国人だし。日本語分かるのかどうかわからないけど、あたしは外国語なんてさっぱりなんですけど。
「……えっと、あの、」
「Did you help me?」
「え?あ、はい、多分。」
さっぱりとか考えていた矢先に、バリバリの英語で話されたあたしは、混乱して自分でも何を言っているのかわからなくて。多分「あなたは私を助けた?」的なこと言ってるんだとは思うけど、それが合っているのかもわからないし、混乱しすぎて日本語で答えちゃうなんて、あたしってばバカ丸出し。
けれど、彼はそんなことなどお構い無しなようで、あたしに嬉々とした顔を向ける。
「Thank you!」
「え、あ、いえいえ、それほどでも……」
「You are so cool!」
「cool?涼しい?何?what?」
怪訝な顔をしたあたしに、彼は少し困ったような顔をして、それから考えるポーズ。そして数秒経った後に、ポン、と手を打ったかと思えば「カッコイイ!」と声を上げた。つまり、さっき彼が言ったのは「カッコイイ」という意味だったらしい。こんなあたしの為に真剣に日本語訳を考えてくれるって、なんていい人なんだ、この子は。
まぁ、外国人の結構なイケメンの男の子にカッコイイと言われるのは複雑な気分だけど。
「ありが、とう……?」
またも日本語で答えてしまったバカさ加減はとりあえず置いておいて。
そもそも彼は何をしにここまで追いかけてきたのだろう。わざわざありがとうを言う為だけに?もしそうだとしたら本当にいい人過ぎる。ふとそんなことを考えていると、彼は突然ハッとした表情をして、それから「Sorry,~」と、何故か謝ってきた。「Sorry」の部分しか理解できなかったが。
「My name is リリアデント・クラウザー!」
「あ、えっと、あたしは、」
「名無しさん!」
「は?え、いやいや、何で知ってんの?えっと…… Why do you know?」
あたしの言葉を遮ってまであたしの名前を叫んだ彼に、もう何が何だかわからない日本語と英語で聞き返せば、彼は得意げにあたしのテニスバッグを指差した。そこには、ローマ字であたしの名前が入っているわけで。彼の賢さに驚かされながらも、そっか、と適当に相槌を打った。
「By the why, could you tell me your cellphone number?」
「………………ん?」
「Please, tell me, your, cellphone, number!」
ゆっくり言われて、少し考えて、それからやっと電話番号を教えてほしいという意味だと理解したあたしは、流れがよくわからないままに番号を交換して。
そんな不思議な体験をしたことにドキドキしながら家に帰ると、丁度いいタイミングでさっきの彼からショートメールが送られてきた。外国人特有の ;−) という顔文字の件名に、たった一言の内容。
【Today is a beautiful day!】
それにあたしはただ【Me too!】と返した。
れっつ、すたーと!
それが恋愛に発展するのは、もう少し後の話。
20120124.よろ企画「れ」