その他ぶっく

□今年から
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お正月は忙しい。クリスマスが終わったと思ったらすぐに家中の大掃除を始めて、それと同時進行でお正月のしめ飾りだとか鏡餅だとかの準備をする。親達は年始に向けてお節料理の準備も始めるから、掃除は男共に任されるのが俺の家の恒例。それが終われば、今度は初詣に行って、それから初売りセールに連れて行かれる。
そんな疲れる行事の中でも一番大事な初詣をどうしてこのメンバーなのだろうか。自分と一緒に歩くテニス部の仲間達を見ながら、一歩後ろにいる俺は溜息を吐いた。



「あ、亮。」

「ん?あぁ、お前か。」



すると不意に俺を呼ぶ、聞き覚えのある声が聞こえて、それに応えるように振り返る。そしてそこに立っていた名無しさんという幼馴染みの姿に、俺は思わず頬を緩ませた。
格好から察して名無しさんが初詣に来たことはすぐに分かったが、意外にも緊張してる自分が居て、紡ぎだされたのは普通な一言。



「お前も初詣か?」

「そう。ってことは亮も?」

「あぁ、まぁな。跡部が強制参加だとかいうから、仕方なく付き合わされてんだよ。」

「跡部様様だもんね。」

「ま、何だかんだでみんな楽しんでるみたいだけどな。」



いつの間に集団行動から個人行動になったのか、それとも俺に合わせてくれたのか、バラバラになっている部員達を少し目で探す。けれどすぐに名無しさんへと視線を戻して、わざとらしく分かり易い苦笑いをしてみせた。
みんなが着いてきてると思って振り返ったら居なかったとかいうパターンだったら、跡部が迷子になってそうで心配だけど……まぁいいか。



「……ところで、その、」

「ん?」

「その、振袖、どうしたんだ、よ。」



沈黙になれば、名無しさんが行っちまう。そう考えた俺が咄嗟に口に出したのは、突拍子もないことだった。
何でこのタイミングで振袖の話なのか、するんだったらあってすぐに話すべきじゃなかったのか、そんな後悔の念が、声を発した後に次々と浮かんでくる。けれど「やっぱりいい」とか「何でもない」とか言うのもダサい。



「あれ、あたしの振袖姿見るの初めてだっけ?」

「初めてじゃねぇけど、」



心の中で俺がこんなに戸惑ってる割に、名無しさんの返事はさっぱりとしていた。
それに対して答えかけて、一瞬の静止。好きになってから初めて見た、っつー言葉が何の躊躇いもなくさらりと出てきそうなのを必死で堪える代償として、口籠って語尾があやふやになる。それを更に誤魔化すように「ち、中学入ってから見てねぇから、」なんてどもりながら答えれば、名無しさんはにこりと微笑んだ。



「そっか、中学校入ってから、家族ぐるみで一緒に初詣来ることもなくなったしね。」

「あぁ。」

「どう?似合ってる?中学に入った時に親戚に貰ったんだよ、これ。」



もしも音を付けるなら、ふわり、というところだろうか。わざと袖を靡かせるようにその場で一回りした名無しさんは、小首を傾げてみせる。それがあまりにも可愛くて、俺は一瞬で言葉を失った。
真っ赤になっているであろう顔を帽子で隠して、顔を見られないようにしてる姿は、名無しさんから見ればすげぇダサいだろうけど、今の俺にはこれが精一杯。



「似合ってる、っつーか、その、か、」

「か?」

「可愛いっ……」

「っ、あ、ありがと、」



それでも必死に言葉を紡ぎ出してそう言えば、名無しさんも顔を赤くして、ごにょごにょと口籠りながら俯く。



「……、」

「じゃあ、あたしそろそろ、」



会話が途切れて暫し沈黙した後に、名無しさんは不意にそう言ってニコリと笑うから、それに対して、俺もそろそろ戻らないと、そう言おうと思った。バイバイと手を振ろうと片手をあげる名無しさんに、俺も片手をあげるつもりだった、のに。
気が付けば俺は名無しさんの手をしっかりと掴んでいて。



「……亮?」



不安げな名無しさんの声を聴いて咄嗟に手を離したが、名無しさんの赤くなった顔を見て、時は既に遅かったと気付く。引き止めておいて、どうでもいい事なんて言えないし、今更引き返すのは本当に格好悪い。



「わりぃ。もし、お前が良かったら、なんだけど、」

「なに?」

「……2人で、初詣しない、か?」

「うん!いいよ!」



言えば、名無しさんは思いの外嬉しそうにそう言ってくれて、思わず「あと、それと、」と付け足してしまったことに、後から後悔した。
まだ心の準備もできてないし、正直言って余裕もないし、だからって「甘酒もらうか?」とかそんなこと言う流れじゃないし。今更どうこうなる問題でもないけど、フラグを立ててしまった自分を消し去りたい。あぁ、でもこの状況、どうしよう。告白する流れを作っておいて告白しない男ってどうなんだ、その方がダサいだろ。
ごくりと息を呑んで発した第一声が、極度の緊張で裏返ったことは言うまでもない。


今年から

(つ、付き合って、ください……!)
(……うん!)


★★★
激ダサという言葉を使わずに頑張りたかった。ボキャ少ねぇ、うち。

20120111.マガジンお正月企画

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