四天ぶっく
□せやけど
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「名無しさん先輩、タオル」
「何で光はそうぶっきらぼうなのかなぁ…」
「は?」
「もうちょっと可愛げあったら良いのにな、って話。」
可愛いげとか求められても、どうせ俺が『可愛い後輩』をやってみせれば気持ち悪そうな顔するくせに。なんて思いながら差し出されたタオルを受け取って、汗を拭いたら返す。
「名無しさん先輩かてもっと可愛げあった方がえぇんちゃいます?」
「なっ!?あたしは可愛げあるもん!」
「それ自分で言います?」
「う…」
別に名無しさん先輩が可愛げないなんて思ってへん。寧ろこの世で1番可愛ぇどころか、可愛ぇのなん名無しさん先輩だけやと思っとる。せやけど素直やない俺は名無しさん先輩を鼻で笑って、それから背を向けて練習再開。
それを見計らってたんちゃうかって思うくらい丁度良ぇタイミングで、他の部員が名無しさん先輩に話し掛けるんが聞こえた。せやかてもう少し話しとれば良かったとか後悔しても今更なんはわかっとるし、長話して茶化されたりどやされたりするんもごめんやから、俺は知らんぷりしてコートに戻る。
「なぁ、聞いたか?」
「何がっすか」
「…名無しさん、また告白されたらしいで。」
それから部長と打ち合っとると、突然部長はそう聞いてきて。意味がわからへん俺は聞き返す、そうすれば部長はわざわざラリーを止めて近くに来てから言うた。そないひそひそ話さなあかんような話なんやったら何でこのタイミングやねん、とは思うたけど、それ以上に話の内容が気になってしゃーないから何も言い返さんといた。
「ほら、お前のクラスのサッカーやっとる…」
「あぁ」
「せやけどフラれたらしいわ。」
「まぁ関わりない奴に告られても…」
「それもそうやけど、それよりもアレが居るからやろな。」
そう言いながら部長が俺から目を反らして別のところに目をやるから、つられるように俺もそっちに目をやる。そうすれば名無しさん先輩と、それから謙也さんが目に映って。「名無しさんは謙也んことどう思っとるんやろな?」そう聞いてくる部長に、俺は素っ気なく「さぁ」と一言。
「なんや、財前は気にならへんのか?」
「別に、」
「名無しさんが好きやのに?」
「………関係ないっすわ」
「図星やな。」
満足気にそう言う部長に蹴りを一発入れて、何も言わずに部室に戻った。部長が痛いとかサボるなとか言うとったけどそないなことは全部無視。やる気せぇへんもんはせぇへんのやからしゃーないし。
正直、部長が言うたことはほんまに図星で、なんやちょお悔しかった。確かに前から名無しさん先輩と謙也さんが付き合っとるんちゃうか、とは思っとったけど自分なりに気にせんようにしてきたっちゅーのに、阿呆部長のとんちんかん。ほんまウザイ。
「…あ、光!」
イスに座って、ドンッと机に足を置く。行儀悪いとかそんなん知らんし、なんて思いながら音楽聴いとったら、不意に部室のドアが開く音がして。軽く見る程度にするつもりやったのにガン見してもうたんは、多分そこに居ったんが名無しさん先輩やったからやと思う。
俺を見るなり人んこと指差して声をあげる名無しさん先輩に、わざと怪訝を投げた。せやのに名無しさん先輩は俺からイヤホンをとりあげて、まるで俺の心に土足でずかずか入って来られた気分。
「サボっちゃダメだよ!」
「そんなん俺の勝手っすわ。」
「もうっ!光の根性悪!可愛い先輩が優しく注意してあげてるっていうのに!性格悪すぎ!ピアスもぎ取るよ!」
「どっちがや、アホ。」
俺に性格悪いとか言うておいて、ピアスもぎ取ろうとしとる名無しさん先輩の方がよっぽど性格悪いっちゅーねん。せやけど正直、名無しさん先輩が本気でピアスもぎ取るんちゃうかって心配になったから、頬に手を当てる振りして耳を隠す。名無しさん先輩には、前にそないなことされたっちゅー苦い記憶があるし。
「アホって言った方がアホなんだよ!」
「うわ、そないな典型的なアホ台詞聞きたなかったっすわ。」
「う、うるさい!」
「吃るっちゅーことは、言うた自分でも恥ずかしかったんやないんすか?」
ケラケラという擬音が合うくらいに嘲笑ってやれば、名無しさん先輩は頬を膨らませて俺を軽く殴った。それから「バカ」の一言だけを残して、名無しさん先輩は部室を出て言ってしもうて。
ほんの少しだけ言い過ぎたやろか、なんて思うとると、タイミング悪く謙也さんが部室に入って来た。勿論俺はガン無視、やのに謙也さんが俺のすぐ傍に座るから、わざと少し離れる。
「名無しさんに意地悪言うたん?」
「関係ないやないっすか。」
「せやけど、」
「せやけど?」
バカにするように聞き返せば、謙也さんは口篭って。何やねん、それ。彼女が虐められたんを助けに来たみたいな態度しよって、ほんまムカつく。
「それとも、名無しさん先輩と謙也さんって付き合うとるんすか?せやからそうやって彼女庇うみたいなことするんすか?せやったらもうわかったんで、今後一切そない欝陶しいことやめてください。」
「え、ちょ!?財前!」
せやからもう、いっそのこと当たって砕けたるわ。成功やったら万々歳、失敗やったらまたいつもみたいに冗談で済ませばえぇ話しや。
後ろから聞こえる謙也さんの欝陶しい声に振り向きもせず部室を出た俺は、コートから叫んどるウザったい部長を見ることもなく、ただ、名無しさん先輩の元へと歩く。
「光、何?」
「…………」
「ドリンク?タオル?タオルならいつもの場所にあるよ。」
「…いや、そんなんやのうて、」
「ん?ちょっかいは御免だからね!」
「名無しさん先輩、ください。」
自分でもぶっさいくな台詞に呆れそうやった。もっと他に色々レパートリーはあったハズやのに、何でこんな寒くてクサイ台詞にしてもうたんやろうか、アホか俺。しかも名無しさん先輩はそんな俺よりもっとアホやから、意味わからんって口にはせぇへんけど怪訝な顔しとる。
「……ごめん、何が欲しいのかよくわかんなかったんだけど。」
「せやから、名無しさん先輩を俺にください。」
「っ!?光!?ど、どどっ、どどどうしたの!?」
「吃り過ぎっすわ。」
手に持っとったボトルを落としそうになりながら吃りまくる名無しさん先輩からは、嫌っちゅー程に『焦り』が伝わってきて。そない焦られると、取り返しつかんくらいアカンことしたんちゃうかって心配になる。せやけどそんなんもう遅いし、どうでもえぇ。
「そ、それはつまり…付き合おう、って話…?」
名無しさん先輩のくだらない質問に、俺は頷くという行為だけで返答した。そうすれば名無しさん先輩はごめんって笑って、俺も冗談に決まっとるやないっすかって言うつもり、やったのに。名無しさん先輩が俺に向かって言うてきたんはそないな言葉やなくて、涙を浮かべただらし無い表情で「本当に?」の一言。
「え?本気、ですけど…名無しさん先輩って謙也さんと付き合っとるんちゃいますの?」
「……は!?け、謙也!?」
「ちゃうんですか?」
「ち、違う違う違う!謙也にはどうやったら光に近付けるか相談に乗ってもらってて…」
目が点になるっちゅーか、開いた口が塞がらないっちゅーか、つまり驚いた。そうなると、謙也さんの彼女やとばかり思っとった俺が滑稽に思えてくる。おかしくておかしくて、笑えば名無しさん先輩は首を傾げて。
「ど、どうしたの…?」
自分が滑稽過ぎて笑ってもうたとは言わへんけど、似たようなことを言うと名無しさん先輩は呆れたような顔。「せやけど元はと言えば部長がそれっぽいこと言うたんが悪いんすわ。」そう言い訳染みた言葉を吐く俺に、名無しさん先輩は目を見開くっちゅー言葉がピッタリなくらいに目を大きくした。
「蔵はあたしと謙也が付き合ってないって知ってるよ?ほら、同じクラスだし。」
「……え?」
「つまり光は蔵に、」
「や、それ以上言わんといてください。」
騙された、とかほんま最悪や。後であの変態エクスタ無駄無駄部長と、ついでにスピード馬鹿も絞めたろ。何が「それもそうやけど、それよりもアレが居るからやろな。」やねん。「名無しさんは謙也んことどう思っとるんやろな?」とかほんま笑えるわ。全部知っとったくせに。
「でも蔵のお陰でもあるんじゃない?」
「別にそれをどう考えようと名無しさん先輩の自由っすけど、俺はそんなん認めないんで。」
「ほんと、可愛い気ないんだから!」
「そこが好きなくせによう言いますわ。」
「に、憎たらしい…!」
確かに名無しさん先輩が言う通り、ある意味では部長のお陰かもしれへん。
せやけどあくまでも
実力やと言い張る
2010企画(20100914.闇†風)