比嘉ぶっく
□存在
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人は皆、いつかは死ぬの。
彼女は冷たくそう言った。
波が満ちては引き、引いては満ち、その度にわんの足が温い水に浸る。彼女が水を掻く音が儚く、だけれど鮮明で。
彼女が見てるのは決してわんじゃなかった。目の前で沈んでいく太陽か、ずっと先にある水平線か、とにかくそれはわんじゃなくて、もっと明確な『終わり』を示す何かだと思う。
「あたしも、いつかは死ぬよ。」
「わぁってるさぁ」
「悲しい?」
切な気に笑う彼女は、わんにどんな答えを求めているんだろう。悲しいだとか寂しいだとか、そんなものは彼女を失ってみないとわからないだろうに。
わんがそう思ったのが彼女には手に取るようにわかっているらしく、わんが答える猶予は見当たらなかった。それでも彼女が一応声に出してわんにそう問いてくるのは、はっきりと言葉として示された愛が欲しいからじゃないだろうか。
「わかってるよ、言わなくても」
「……ん、」
わんは永四郎みたいに頭が良いわけじゃないから、彼女が寂しいときに何て言ったら良いのかわからない。ただ抱き締めて、ギュッてして、それで本当に彼女の寂しさを紛らわせてあげられているのだろうか。
多分今も尚、彼女は寂しいんだ。だからこうやって難題をわんに押し付けて、愛を得ようとしてるんだと思う。それが彼女が身につけた知恵だから。
でも、古い知恵はいつか意味がなくなる時が来るわけで。彼女がこうやって今わんの腕の中で泣いているのも、きっと古知恵なんかじゃ寂しさを癒せなかったからなんだ。
「わったさん。」
(ごめん)
「ううん、部活忙しいのわかってるから、大丈夫。」
「しんけん?」
(本当?)
「………うん、」
彼女の嘘はわかりやすくて、綺麗。
大丈夫だなんて、本当は寂しくて寂しくて仕方がないくせに、だからこうやって今も泣いてるのに、なんでそんなこと言えるんだろう。わんだって本当は寂しいんだから、彼女が寂しくないはずなんかない。
気づけば太陽は殆ど地球の裏側に隠れてしまっていて、辺りが暗くなっていたことを知った。時間はあっという間に流れていく、それにしたがって人は生まれては死んでいく。わんはそんな時の流れの中で彼女をどれだけ幸せに出来るんだろう。
「ゆくしむにー。」
(嘘つき)
「嘘なんか、」
「あんしぇーくぬ泣ちちらやぬーがや?」
(じゃあこの泣き顔は何だよ?)
ぐい、と引っ張れば不格好になる彼女の顔を見て、不意に笑顔を溢せば、彼女の笑顔も溢れた。
真っ暗な闇の世界の中で、数ヵ所にある灯台だけがわったーを照らす。明るくなって、暗くなって、そしてまた明るくなって。それはまるでわったー人間の人生にも思える。
「わんや名無しさんがしちゅん、たーがぬーあびろうが、まじゅん。」
(名無しさんが好き、誰が何と言おうが、マジで)
「………信じてる。」
確かに生きてるものはいつか死ぬ、それはわんも彼女も変わらない。けれど、そんな儚い世界だからこそ人間は幸せを手に入れたくて、足掻く。それは人間として正しいんじゃないだろうか。
口付けだけで寂しさが消え去るほど彼女は単純じゃないけれど、それでも彼女の糧になるのなら。
この身は彼女の為だけに存在する
110125.闇†風