しのぶ
□潮江とナンパが
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あの女が訪れた時、正直チャンスだと感じたんだ。俺達忍たまに圧倒的に足りないものは『実戦』で。あの女が仮にくノ一であればこれこそ、最高の『鍛錬』になるだろうと。色を使うか、油断を誘うのか。そのギリギリを見極め、警戒するこそ忍びの本分に値するのだと自負していたのだ。
だがどうしたことかこの女、隙だらけで馬鹿正直にも目の前の客にいいように丸めこまれている。それくらい適当にあしらえばいいものを。
(っ…!ああもう警戒してる俺が阿呆みたいじゃないか!)
ぽかんと、あほっ面をさらけ出している女を客の背中越しに一瞥した。きり丸に任せておけば例えまた絡まれても上手く躱せるだろう。
「先輩、無茶はしないでくださいよー…。ギンギンしないでくださいよー…。」
「ぎんぎん?って何…?」
「暑苦しいンだよ、ギンギンは。文次郎はすべからく暑苦しい、これは基本だ覚えとけよ千尋。」
「そう、なの?」
全部聞こえてるぞバカタレィ。留三郎余計なことは教えるな。お前も簡単に信じるな。
「キミに用事はないんだけど。」
イラつきを隠そうともしない客が思考を遮る。俺が心在らずなのが気に食わないようだ。…だったらほっといてさっさと往ねばいいものを。
「…面倒だ…」
「は、キミ、客に向かっ「ただいまァ!なんだなんだ文次郎、何時にも増して悪人面だな!」
ああ本当に面倒くさくなってきた…。
「…団子代、預かってきた…。」
「あ、中在家先輩。お帰ンなさい!さっすが先輩、金額もぴったりっす!」
長次、この状況をほっとくつもりか。
「ん?なんだこのお客…文次郎、なんで二人して見つめ合ってるんだ?」
小平太、話を引っ掻き回すな。
「ぷっ…!」
留三郎テメェ…。
「おかえりなさい二人とも。えーっと私が困ってたのを潮江君が助けてくれてね…あんまりいい雰囲気じゃないというか…。」
お前もか!混ぜ返すな頼むから。こそこそ話してるつもりなのかそれで。丸聞こえだぞ。
「文次郎!千尋の守役は私の役目だぞ、変われ!」
「いくらでもくれてやるわ、んなもん!」
「『んなもん』とはなんだ!男は女を守るもんだぞ!」
「んなことぐらい知っとるわ!」
「あの、話題ズレてるけど…?」
「今は関わるんじゃねえ千尋、うっとーしいだけだぞあの二人。」
「留三郎君…でも止めなきゃ不味いんじゃ…」
「…もそ…」
「『ほっとてもなんとかなる』だって姉ちゃん。」
あー!外野も黙っててくれねえかな頼むから!
「キミら無視しないでくれる!?」
「「煩い黙ってろ!!」」
「ひっ!」
思わず小平太と被った声に客がビビる。しまった、と口を閉じたがもう遅い。周りの客はこちらを凝視している。ああ…きり丸の顔が青白い。
「…お騒がせして申し訳ありませんでした!」
突然高い声が割って入る。びくびく青筋を立てながら半べそを掻いて頭一つ分小さな体が俺と小平太の前に立っていた。かの女は周りの客達を見渡している。
「千尋?」
「すいませんみなさま!お騒がせしてしまって、びっくりされましたよね、ワザとじゃないんです。ええっと、元々声が大きいんですこの二人。元気がよくて…怖がらせるつもりは微塵もないんです。だから驚いてしまったらごめんなさい!ね、ワザとじゃないのわかってくださいますよね!あなたもそう思いますよね、ね!」
「…え、ボク!?」
「ね!」
「え、あ、」
あえて絡んで来たお客にあえて強調して同意を求めている。ああ、何をするかと思えば。謝り倒して、はぐらかしてるだけじゃないか。
そして最後に留三郎が問題を起こしくさりやがった客に振り返りその眼光鋭い目つきを如何なく発揮していた。
「…流石にこれ以上騒ぎになって困るのは、あんたも一緒だろ?『大店』の若旦那が若造どもに丸めこまれたなんて噂広まったら…なんて。ま、それはそれでおもしれーだろうけど。」
絡んだ客の歯ぎしりの音が実に小気味よかったのは、さて俺も随分と歪んだ性格だということだろう。