しのぶ
□中在家と
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(…例の…)
自主トレの帰り、気まぐれにいつもとは違う道を通ってみると最近この学園を騒がせている少女がいた。少女と言っても自分たちよりはいくばくか年上なのだと小平太が話していたのを思い出した。生憎彼女と会話したことはまだ一度もなく、余り社交的とは言い難い自分の性格からしてもう暫くはこの状態は続くのだろう、と長身故の長い足を図書室に向けた。
これから本の修補をしなくては。
「…、…。」
何か話している、と少女に意識を向けたのは偶然か。ちらりと見やればその腕には仔犬、いやあれは生物委員が飼育している狼の仔だ。それを抱いて嬉しげに話していた。幼げに笑う彼女はあまり年相応にみえない。
「うりゃうりゃ。」
されるがままの仔狼に、さてあれをどうしたものかと古傷のある頬に手をやった。一言声を掛ければ事足りるのだろうが。
「キミは帰れるといいねえ。」
わたしはもうしばらくかかりそうなんだ。唐突にその言葉が耳を叩いた。言葉は聞き及んだものと一致したのであまり驚きはなかったがあまりに突然にその声が大人びたものだかららしくもなく瞠目してしまった。
(帰れない…)
あまりにも当たり前に話すものだからか、自然と足を向けてしまった。