しのぶ

□七松と保健室と
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「ひゃっぷしぃ!!」
「おお!おもしろいくしゃみが出たな!」

やるな千尋、とよくわからない感心を七松君にされたままにしてちゃんちゃんこ?に袖を通した。まだ『七松君酔い』が続いているみたいで頭がぐらぐらする。
七松君が宣言した通り、わたしは忍術学園(看板が門にかかっていた)にごやっかいとあいなった。なんだか事の成り行きについていけないまま入門表とやらを書いてそのまま『医務室』と書かれた部屋に案内された。しばらくして七松君が浴衣とちゃんちゃんこのようなものを持ってきてくれ、なんとかそれに着替えたのだ。

「もう少ししたら、新野先生が来てくださるから看てもらってよ。」

池に落ちた訳だしさ、と七松君の口ぶりから察するにたぶん保健の先生かなあと考える。

「それになんだか顔が赤いぞ?」
「あたっ、」

べしん、と七松君の掌がおでこにくっつく。因みに彼が異性との接触に大らかなのは今までのやり取りでしっかりと認識させていただいた。七松君のごつごつとした節くれだった手は思いのほか冷たくて気持ちがいい。

「…ん?熱い。」

七松君の手は未だわたしのおでこにあてられている。恥ずかしくてそわそわするやら、冷たくて気持ちいいやら何とも奇妙な気分だった。
そういえば奇妙と言えばこの『医務室』とやらも随分と奇妙だった。まず天井にライトがないし、扉も(現代日本においてだが)古風な襖、床は木製だ。七松君は着物を平然と着こなし当たり前と言わんばかりになじんでいる。…そういえばここに着いた時も電信柱や電線を見かけていない。

「ね、七松君。ここっていったい…」

ほんとに日本?と些か頭の弱い質問をしそうになった時、襖側に影が落ちた。いつの間にか人が来たようだった。七松君の手が離れ、彼もまた間を取って腰を据える。

「小平太?入ってもいいかな。」
「おお、伊作か。いいぞ。千尋もいいよな?」
「え?わたし?うん。わたしは全然…お構いなく。」
「お邪魔します…んん?」

入って来たのは七松君と同じく緑の着物?をまとった、多分七松君と同じ年ぐらいの男の子だった。わたしと七松君と丁度間を取るぐらいに居場所を決め、彼は音もなくきれいな正座をしてみせた。色素の薄い髪は七松君ほどもしゃっとしてはいないけれどもボリュームがあってふわりと長い。目元は釣り目がちだけれども声色からして優しそうな雰囲気があった。ただその雰囲気もわたしの顔を見てからどんどん薄れていっている。取り合えすわたしは彼に何かした記憶はない…というか初対面だ。


「伊作、新野先生は?」
「急用が入ってね、僕が代わりに。…初めまして、善法寺伊作です。失礼ですがあなたの名前を伺っても?」
「あ、ご丁寧にどうも…わたし、小此木千尋です。」
「小此木さん、で構わないですか?」
「はい。わたしもぜんぽうじ、君…って呼んでも?」
「うん。よろしくお願いします。」

なるほど、しっかりした人だなあと一人感心していると善法寺君が真剣な表情でずいっと間を狭めてきた。

「善法寺君?」
「ちょっとごめんなさい、小此木さん」

ひたりと善法寺君もわたしのおでこに手を当てる。彼の手も冷たい。ここの人たちはみんなこうなんだろうか。

「…熱があるね。」
「あー…やはりか。」
「やはりか、じゃないよ小平太。小此木さんもしんどくなかったですか?」

熱があったのか、まあ池に落ちたし。なるほど二人の手が冷たいはずだと他人事のように納得していると善法寺君に呆れ顔をされた。


「小平太布団敷いて、榊さんは熱があるんだから寝てください!」


てきぱきと指示を出す善法寺君を目の当たりにし、改めてしっかりしてるなあと感心する。

「僕は薬を用意するから…うわぁぁっ!!?」
「うひゃああっ!?」

…善法寺君が転んだ。あれ?しっかりしたさっきまでの善法寺君はいったいどこに。

「箪笥の、角に…着物が引っ掛かった…痛たたた…」
「うわああ…善法寺君大丈夫…?」
「病人に心配されるとは流石不運委員長。」
「どんな感心なんだよ小平太!」
「『不運委員長』って…?」

よくわからない単語に頭をかしげると七松君がああ、と納得してこともなげに「伊作は不運なんだ。しかもどびっきりだぞ。」ときっぱり説明してくれた。ここまで断言されるとは相当なものなのだろう。しかしなんという不吉なあだ名。

「ほら、そろそろ糸子横になってろ。」
「うん。ありがとうございます。何かごめんなさい、何から何まで…」

熱があると自覚してからどっと身体が重くなっていく。長年の経験からしてこれは本格的に熱が出だしたらしい。間もなくわたしの意識はフェードアウトすることとなる。


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