世界樹のお話

□パステルのまどろみ
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「何してるんだ?この二人は。」

 バンエルティア号は今日も温く輝く日の下を風と戯れながら滑る。
 甲板に立つキールといえば、陽気な太陽とは真逆に、眉間に皺を寄せていた。
 今日も今日とて論文について頭を悩ませている。何を書くべきか、そもそも対象はどうすべきか。
 船の奥に朝から篭りっぱなしで午後に入り、遂にファラが見兼ねたのか「お日様でも浴びてしゃっきりしなよ」との一言があり、今に至る。
 普段は甲板にいるはずの赤毛の剣士も、氷の精霊もいない。
 大剣を振るう少女は、いた。そしてもう一人いる。

「カノンノもノルンも、暢気な顔をしたもんだ」

 二人の少女は実に健やかに眠っている。何にでも好奇を持って輝く四つの瞳は瞼で塞がれていた。
 仲良く船縁にもたれ掛かって肩を寄せ合い、共に安心しきった顔で夢の中だ。
 夢の中で戯れているであろう彼女達に当たり散らすつもりはないが、何だかどっと疲れた。
 ただ、潮風が髪を撫でる。

「あらあら、キールさん。」

「!…パニールか。」


 潮風に気を取られている内に、羽音を響かせバンエルティア号の小さな母が現れていた。その小さな手には似つかない大きな毛布を持っている。
「ふふ、今は起こさないでやってくださいまし。」

 手の掛かる娘達を見る様な穏やかな声は、どこか喜色を帯びている。彼女は二人が入っても余裕のある毛布を広げ、掛けた。

「本当は起こしてあげなきゃいけませんけど、朝早くから出掛けていたみたいで。」

 起こしてしまうには、ちょっと可哀相なぐらいよく眠っていますしねぇ。彼女は言うと、僅かに乱れた桃色の髪を梳いてやった。

「何の用事だったんだ?」

「はい。私が『腰がこちこちねぇ』なんて漏らしたら、二人で善く効く薬草を探しに行ってくれて。」

 ほんの半刻前に戻った二人は彼女に薬草を渡した後、眠ってしまった。

 要は力尽きて此処で眠りこけたという訳か。キールは事の次第に納得する。
 けれども、

「腰の悪いパニールに毛布を持って来させるなんて、これじゃ矛盾してる。」

 そこは納得出来ないというキールに、パニールはくすりと笑う。

「私が好きでやっているだけですから。それに、この子達の気持ちが嬉しいんですの。」

 頑張って採ってきてくれたことが、私の一番の特効薬なんですよ。腰痛なんか吹っ飛びましたわ。
 嘘一つない声で話す彼女に、流石のキールも頬が緩む。ああ、これは母の顔だ。と感じて。

「でも、無理はしないでくれ。」

 母に事があれば、何よりこの二人が悲しむ。

「はい、はい。心得ておりますよ。」

 それじゃ、日が傾き始めたらまた起こしに来ますからね。眠る二人に声を掛け、パニールは鼻歌まじりに船の中へ戻っていった。

「…今夜は二人の好物だな。」

 緩く笑うキールの眉間に皺はない。彼の感情も遥かな空の片隅も、毛布と同じ淡いオレンジ色に染まっていた。

 彼が彼女達と並んで眠っているのを発見されるまで、後少し。


end




「…三人とも毛布に包まっちゃって。」

「うしゃしゃ!ルカ、マジック持って来なさい!油性!」

「止めようよ、イリア…」

寒くて無意識に毛布inしたキール。アートする気満々のイリア。



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