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□体感温度-be warmhearted-
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「……っしゅん!」
夏から秋へと移りゆくこの季節。このような変わり目の時期ほど注意が必要だと分かっていたはずなのに、神田は見事に風邪を引いてしまった。
一週間ほど前から軽い喉の痛みを感じていたものの、任務中ということもあり、全く気にしなかった。
しかし帰還後、喉の痛みに加え咳が出るようになり、ついに発熱するまで悪化した。神田自身はほっときゃ治ると軽く考えていたが、次第に熱は上がり、頭痛とだるさも増していった。
そんな神田の不調に気が付いたのはリナリーだった。彼女によって嫌々薬を飲まされた挙げ句、治るまでしっかり寝ていなさいと叱られた。あれから早二日…自室の天井を見上げながら、神田は小さくため息をついた。
「…ちっ」
相変わらず喉の痛みは引かないが、咳や熱は幾分かマシになってきた。この調子ならもう二、三日で起き上がれるだろう。
早く治す為にも少し眠ろうと神田が目を閉じた瞬間、勢いよく自室の扉が開かれた。
嗚呼…嫌な予感がする。そう思いながら、神田は扉の方へ寝返りをうつ。そこには彼の予想通り、白髪の少年が立っていた。
「神田ーっ!!!」
「………おかえり、モヤシ」
「はい、ただいま帰りましたー…じゃなくて!!体、大丈夫ですか!?」
「…大丈夫も何もただの風邪だ。問題ない」
「嘘ですね。リナリーが咳と熱がひどいって言ってましたよ。…あぁ、もっと早く知らせてくれれば、任務を全部ラビに任せて帰還したのに!」
「…その考えは問題有りだな」
でもアレンがそこまで自分を心配してくれること自体、悪い気はしなかった。むしろ嬉しいとさえ思う。
そんな神田の心情を知るはずもないアレンはベッドに近づき、そっと神田の額に手を当てる。
「……まだ少し熱いけど、確かに引いてきているみたいだね」
アレンの手は思ったより冷たかったが、今の神田にはその冷たさが心地良く感じられた。
「…ねぇ、水でも飲みませんか?それともお茶がいいですか?」
手から伝わる神田の熱を心配しつつ、アレンが尋ねる。自分が想像していた程の熱さはない。しかし、それでもやはり熱があることに変わりないのだ。
いつもなら触れただけで六幻を抜き、罵倒してくるはずの神田が、じっと大人しくしている。それほど体調が優れないのだとアレンは人目で分かった。
「…水、がいい」
「分かりました」
少しばかり弱々しい神田の返答に頷き、アレンは部屋を出て行った。
それを確認した神田はゆっくりと目を閉じる。静寂を取り戻しつつある部屋。つい先程までとても心地よい空間だったのに、今は妙に静か過ぎるというか落ち着かない。というよりこれは…
「寂しい…?」
いやいやそんな訳がない。俺に限ってそんな事あるはずがないと心の中で否定しつつ、神田は再び目を開け天井を向く。と同時に、部屋の扉が勢いよく開いた。
「お待たせ、神田っ!」
「……もう少し落ち着いて開けろ。扉が壊れる」
「ははっ、ごめんごめん」
そういって笑うアレンは右手に水差し、左手に蓋の付いた壷形の容器を持っていた。それらをベッド脇のテーブルに置き、壷形の容器の蓋を開ける。そして水差しの口部分に被せてあったグラスを手に取りながらアレンは聞いた。
「今、飲みますか?」
「…あぁ。少し入れてくれ」
喉が乾いていた神田は素直に頷く。その反応に嬉々とするアレンが水をグラスへと注ぐ。そしてベッドから起き上がった神田にそれを渡した。
「せっかくだから飲ませてあげましょうか?口移しとか♪今日はどんなサービスでもしてあげますよ」
「アホか。…んな余計なサービスなんざいらねぇよ」
そう言いながらグラスの水を流し込む。乾燥した喉を通る水が思いの外に冷たく、熱を帯びる体にはたまらなく心地よかった。
「他に何か欲しいものとかありますか?」
半分ほど中身の減ったグラスを受け取り、アレンは尋ねた。
「別にいい…」
お前こそ任務続きで疲れてるんだろうから、さっさと自室に帰れ。
そう言われるが、ここで引き下がるわけにはいかないと、アレンは思った。
苦しむ彼をほっといて休めるはずがない。このまま夜通し看病し、治るまでずっと傍に居たい。そんな心持ちだった。
「そんなことないでしょ?例えば〜…そう!お粥を食べさせてあげるとか、薬を飲ませてあげるとか…あ、着替えを手伝ってあげるとか!僕に出来ることは色々ありますよ!てかある」
「…おい、勝手に決めんなよ」
「だって、少しでも早く神田に元気になってもらいたいですし」
「だからってなぁ…てめぇがいると悪化はしても、治るわけがねぇ」
「ひどっ!!そんなに僕の看病が嫌なんですか、神田っ!?」
「べ、別に嫌とか言う問題じゃねぇ…っ、」
アレンの言葉を否定しようとした瞬間、神田の視界が揺れた。
「神田っ!!」
「……っ」
ぐらりと傾いた神田の上体をアレンはとっさに受け止める。密着した部分から伝わる鼓動の早さ、熱、汗、その全てから神田の体調の悪さが伝わってくる。
「…横になりますか?」
「…いや、大丈夫だ。すまない」
「いえ、僕こそごめんなさい…神田」
「なんでお前が謝るんだよ…?」
「だって…、僕は君の為に何も出来てないから……」
「…さっき余計なサービスは要らねぇと言ったはずだが?」
言葉に反し穏やかな神田の口調に、アレンはほっと安心する。
「それに何も出来てない、っていうのは間違いだな。…お前はこうして水を持ってきてくれた。それで十分だ」
そして自分の気持ちを汲んだ上でフォローし気遣ってくれる神田の優しさに、アレンは自身の不甲斐なさを痛感した。
「…なんだかなぁ。これじゃあ、どちらが気遣われているのか分かりませんね」
「あぁ、全くだな」
自嘲気味にぼやくアレンに対し、頷きながら小さく笑う神田。その情けなさを隠すように、アレンは神田を抱き締める。より密着した体から、一層体温の違いが感じられた。
「熱いね…神田の体」
「そう思うなら離せ。苦しい」
間髪入れずに返される神田の言葉に反し、アレンは腕の力を強めた。
「おい、もういい加減離れろ…」
神田は強く主張するが、アレンの腕の力は一向に変わらない。そして神田を抱き締めたまま、アレンは呟いた。
「君の熱を奪えたらいいのに」
「…?」
発せられた言葉の意味が分からず、神田はアレンに顔を向けた。抱き締められたこの体勢では横顔しか見れないが、アレンも同様に神田の方を向く。
「モヤ…っ」
そして次の瞬間、アレンの唇が神田のそれと重なった。いきなりの口付けに神田は目を見開く。驚きのあまり固まった神田の薄く開いた唇の隙間から、アレンはすかさず舌を差し入れる。そして、そのまま神田の舌に触れ、熱を確かめるかのように絡め合う。
「んっ……!」
しかし、アレンはすぐに神田を解放した。熱とはまた違う意味で頬を染めた神田が、キッとアレンを睨みつける。
「何すんだいきなり…っ!」
「ごめんなさい。つい…」
「何がつい、だ。こんなことして風邪が移ったらどうするつもりだ」
「僕は移されても構わないですよ。それで君が治るなるなら本望ですし」
「…ちっ。ホント馬鹿だよな、お前」
「えぇ。神田が治る為ならどんな馬鹿なことだってしちゃいますからね」
神田はやれやれとため息混じりに体の力を抜いた。
「…後で風邪が移ったとか喚かれても知らねぇからな」
「えっ…?」
「……やるならさっさとやれよ、馬鹿モヤシ」
思いがけない神田からの誘いに、今度はアレンが固まった。熱で赤い顔を更に赤く染めた神田は、目を逸らして言った。
「そ、それに……風邪を引いた時は汗をかいた方がいいって言うしな」
「…ふふっ、そうですね」
恋人の精一杯の言い訳に微笑みつつ、アレンは神田を優しく押し倒す。そして顔を近づけ、耳元で囁いた。
「もし途中で辛くなったりしたら、すぐに言って下さいね」
「…フン。てめぇこそ途中で移ったとか抜かして、へばるんじゃねぇぞ」
「…了解♪」
そしてそのまま、本日二度目のキスをする。先程のものとは違い、深く口付け合いながら、アレンは神田の服に手をかけた。
***
その翌朝、神田の見舞いに来たリナリーは、昨晩の激しい情事でさらに熱が上がってしまった神田を発見し、その隣で幸せそうに眠るアレンを蹴り起こすこととなる。寝ぼけ眼の言い訳もむなしく、リナリーから神田に近づくなと叱られた挙げ句、入室禁止令まで出されることになるなどアレンは知る由もなかった…。
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