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□花散物語-A lover of the tragedy-
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*アレ神嬢・悲恋*





「雪、か…」

今晩はやけに冷えるなと思い、神田はけだるい体を奮い立たせ襖を開けた。彼女の予想通り、部屋の外は真っ白。降り注ぐ雪はまるで散りゆく花のように、ふわりふわりと舞っている。

(綺麗だな…)

身の凍るような寒さも忘れ、神田はそれに魅入ってしまう。しかし、

「うっ…!ゲホッ、ゴホッ……っ!!」

深く咳き込み出し、思わずその場にしゃがみこんだ。口を押さえた手を染めたのは、真っ赤な血。

「もう限界なのか…?」

つい二月ほど前、同僚である遊女の一人が労咳を発症した。皆が彼女を避け、引き離す中、神田だけが自ら進んで看病をした。しかし、不治の病と言われるそれは同僚の体を蝕み続け、看病の甲斐なく彼女は亡くなり、ほどなくして神田も発症した。
周りの者には風邪と偽り、仕事を休んでいる。だから、本当のことは誰にも告げてない。否、告げてはならない。

「俺も…ここまでか」

吉原一と謳われた女も、最期は病の前に倒れるだけ。このまま冷たい布団の上で、一人寂しく終わりを迎えるのだろう。

(アイツは俺を馬鹿だと言って笑うかな…?それとも…)


「俺らしいと言って笑ってくれるかな…?」

ふと涙が、溢れてきた。

あの笑顔に、会いたい。

死ぬ前に一度だけ、一瞬だけでもいい。この願いを叶えてくれるならば、それが神であろうと何であろうと構わない。


(どうか、アイツと会わせて欲しい)

何故なら自分は、その為だけに生きてきたのだから。

そう神田が一人涙ぐんでいると、誰もいないはずの庭先からガサリと物音がした。

「だ、誰だ!?」

神田は急いで涙を拭い、身構えた。

「す、すみません!ある店を探していたら道に迷ってしまって…」

(この声は…?)

それは聞き覚えのある懐かしい声だった。

「良ければ道を教えて頂けません…か…?」

ガサリと庭木をかき分け、ザクザクと雪を踏みしめ現れたのは…

「アレ、ン…」


雪のような白い髪に銀灰色の瞳。少し身長が伸び、大人びた顔つきになっているが間違いない。神田が会いたいと想い焦がれた、まさにその人だった。

「ユウ…」

そして彼もまた、突然の再会に驚いているようで、神田を直視したまま動こうとしない。

「アレン…、……アレンっ!!」

先に動いたのは神田だった。寒さも病のことも全て忘れ、勢いよくアレンの胸に飛び込んだ。

「わっ…とと!」

アレンは少しよろめきながらも、しっかりと神田を受け止めた。

「会いたかった…。お前と別れたあの日から、ずっと…ずっと…っ」

「僕もです。この五年間、君のことを忘れた日はなかったよ…ユウ」

「……でもお前、一体どうしてこんなところに居るんだ…?」

「えー…っと、恥ずかしながらユウのお店を探しているうちに、道に迷っちゃいました」

そう白状したアレンは恥ずかしそうに肩をすくめる。神田はクスリと笑った。

「全く…昔からちっとも変わらねぇよな、お前は」

初めて会った時からアレンは極度の方向音痴で、よく一人迷子になっていた。そんなアレンを探し出すのに、神田はいつも一苦労した。

「でも道に迷ったおかけで、こうしてユウに会えたんだよ」

「…そうかもしれねぇな」

「それに、これからは毎日会えますしね」

「…えっ?」

毎日?それは一体どういうことだ?

「ユウはもうここで働く必要はないんです」

「それって…」

神田が言い終わる前に、アレンは懐から厚みのある包みを三つ取り出した。

「全部で三百両あります。これだけあれば君の背負わされた借金は無くなるはずです」

「お前、そんな大金どこから…っ!?」

「僕がこの五年間働いて貯めたお金です。けして疚しい金でも、はした金でもありません」

だから安心して、とアレンは微笑んだ。その様子から嘘ではないなと確信し、神田はほっと胸をなで下ろした。

「ただ、五年も待たせてしまって本当にすみませんでした…」

「なんで謝るんだよ…?」

「だって…、君をすぐに助けてあげられなかった…!」

「…でも、もしお前がいなかったら、俺はずっとこのままだった」

「そ、れは…」

「一生かかったかもしれないものが、たった五年で済んじまった。お前のおかげでな」

もしアレンが来てくれなければ、自分は死ぬまで愛してもいない男達に身を委ね、ただ好き放題に弄ばれるだけだった。

「だから、お前が謝る必要なんてどこにもない」

「ユウ…」

「…有難う。俺の為にここまで尽くしてくれて」

たった数年でこんな大金を手に入れるには、きっと並大抵の努力や苦労では済まなかったはず。身売りをして稼がされた神田にはそれが痛いほど理解出来た。

「そんなことない…!この程度のこと、尽くしたうちに入らないよ。君が僕にしてくれたことに比べたら全然足りません…!!!」

「アレン…?」

「今こうして僕が生きていられるのは、全て君のおかげです。だから僕は僕の命をかけて君に尽くし、そして…」

「…そして?」

「もう二度と君が悲しい思いをしなくても済むように、ずっと君を守ります」

「……本当、に…?」

助けてくれるだけでなく、一生守ってくれるというのか。こんなに汚れてしまった自分を。

「でも、俺はもう……昔のような俺じゃな…」

「違う!ユウはずっと、ユウのままです!昔から変わらない、僕の大好きなユウです!!!」

「アレ、ン…」

「だから……その、ユウさえ良ければ…僕を傍において欲しいんです。昔のように」

「…い…のか?」

「…え?」

「俺は…望んでもいいのか…?」

もし望んでもいいと言ってくれるならば、俺は…

「勿論です。僕は君の望みを叶えたい…!」

「……っ、…俺はお前と、ずっと一緒にいたい!!!」

「ユウ…っ!!!」

まるで空白の五年間を埋めるかのように二人は強く抱き締め合い、そして初めての口付けを交わす。深くて優しいそれに、神田は今まで感じたことのない温かさに安堵した。と同時に強い眠気に襲われた。

「っ……、」

「どうしたの、ユウ?」

「何か…すごく眠いんだ……。安心しちまったからかな。せっかくお前が来てくれたのに、情けねぇ…」

「我慢なんてしないで。安心して眠っていいよ。僕はずっと傍にいますから」

「そう…だな。これからはずっと、傍に居てくれるんだもんな」

「えぇ。ずっと、君の傍に居ますよ」

「あぁ…。ずっと…ずっとだぞ…?」

「はい。ずっと、ずっと…僕は君と一緒ですよ」

「……有難う。お前に会えて、本当に良かった…」

「僕もです、ユウ」

「あぁ…、愛してる……アレ、…ン……」

「僕も愛していますよ、ユウ。僕はずっと、君だけのものです」

それを聞いた神田は幸せそうに微笑み、瞳を閉じた。



そして、再び目を覚ますことはなかった。










***


「…ずっと、一緒ですよ」

降り止まぬ雪の中、愛する者の亡骸を抱き締めたまま、アレンは語りかける。

「ねぇ、覚えていますか?君と僕が初めて会った日のこと…」

僕は元々異国の人間で、乗っていた船が嵐で沈没してしまい、この日本に漂着した。生き延びたという喜びも束の間、僕は心無い人間達に拾われ、奴隷としてこき使われた。そして、見せ物小屋に高値で売られようとしたところに偶然君が通りかかり、僕を買い取ってくれた。あれが、全ての始まりだった。

あの頃の君は地元で一、二を争う問屋のお嬢様だった。少し男勝りだけど美人で優しくて意地っ張りで、僕の目には誰よりも輝いて見えた。

そして、君だけは僕を一人の人間として扱い、日本の言葉や文字を教えてくれた。なかなか覚えられず癇癪を起こす僕に怒りもせず最後まで付き合ってくれた。外国人だからと店の人や近所の人に苛められ、いつも陰で泣いていた僕を見つけては、黙って抱き締めてくれた。
いつどんな時でも君は僕の味方であり、僕の全てだった。


君は僕を買った日のことを単なる気まぐれだったと笑っていたが、僕はきっと神が与えてくれた運命にも似た奇跡だったんだと思う。だから、僕はこの奇跡を毎日欠かさず感謝していた。

だけど、その奇跡も二度と起こらなかった。

僕がユウに買われた五年後、ユウの父親が亡くなった。彼の代わりにユウの兄が店を継いだが、程なくして店は潰れた。取引先に騙され、多額の負債を抱えてしまったからだ。その借金のかたにユウは売られてしまい、僕達は離れ離れになってしまった。当の兄はユウを見捨てて逃亡し、今も行方がわからない。

どんなに人や神に祈っても、誰も彼女を助けてはくれなかった。

だから僕は祈ることを止めた。一心不乱に働き、お金を貯めて、自分でユウを助けようと思った。そして昨年、自分の元に大きな仕事が舞い込み、そのおかげで大金が手に入った。これでユウを救うことが出来る!僕は喜び勇んで君のいる遊郭へ走った。


しかし、ようやく会えた君は不治の病に冒され、そのまま覚めぬ眠りについてしまった。僕を愛していると、微笑みながら。僕を買い取った日と同じあの優しい笑みを浮かべながら。

「…出来ることならもう一度、君の口から聞きたかったな」

愛している、と。だが、それはもう許されない。自分がこの世界に生きている限り、二度と叶わぬ願いだから。
アレンは冷たくなった彼女を愛おしそうに見つめ、その唇に自分のそれを重ねた。生前には叶わなかった願いと想いを込めるように。

「愛しています、永遠に。だから…」

そう言いながら、腰に差していた刀を鞘から抜いた。これは昔、彼女が護身用にと与えてくれたもの。丹念に手入れがされているが、人の血を吸ったことは一度もなかった、今宵までは。

「…貴女から頂いたものをこんな形で汚してしまうことを、どうか許して下さい」

アレンは本当に申し訳なさそうに呟き、その刀身を己の首筋に当てた。

「そして、…こんな形で君の傍に居ることを選んだ僕を許して下さい」

君に救われた命をこんな形で終わらせてしまう僕を、君ならきっと馬鹿だ愚か者だと言って怒るだろう。

例えば、あの幸せだった頃のように、可愛い顔に似合わず大声で「馬鹿モヤシ!」って怒鳴りつけてくるんだ。だから僕は全速力で逃げて、君も全速力で追いかけてくるんだ。
だけど、お互い走るのに疲れちゃって、結局最後は近くの原っぱに二人でなだれ込み、寝転がりながら笑うんだ。そうして、いつも君は僕を許してくれた。


だから今回もきっと最後は笑って、笑顔で許してくれるんだよね…ユウ?


だって君は僕を愛してくれたし、僕も君を…


「愛しているから」




そして、辺り一面に真っ赤な花が散った。






物語-A lover of the tragedy-


[また向こうで、一緒になろうね]



珍しく悲恋&死ネタでした。イメージソングは「はらり」です。
御礼に相応しくないかもしれませんが、8月9日までフリー。報告は任意です。
改めて、70000hit有難う御座いました!


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