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□雛ノ幸福-Happiness Doll-
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あかりをつけましょ ぼんぼりに
お花をあげましょ 桃の花
五人ばやしの笛太鼓
今日はたのしいひな祭り
「楽しい…か」
窓の外を見下ろせば、向かいの店先に飾られた硝子細工の雛人形が見える。それはまるで氷のように透き通っていて、光の反射でキラキラと輝く様は、本当に美しい。近頃の自分は暇さえあれば、あれを眺めている。
ふと、自分が客から貰った高価な着物や髪飾りに目をやる。どれも上質で美しく、女ならば誰もが羨むものばかり。だけど、それら全てを比べても、あの雛人形の持つ美しさには勝てないと思った。
(…もし、あの雛人形が自分のものになるなら、どんなに嬉しいことだろう)
でも、けして手に入らない。自分は遊女。客や同僚達に神田太夫ともてはやされても、所詮は人であって人ではないもの。求められることはあっても、けして自分から何かを求めてはいけない。
そんな自分が欲しいと思ったところで、ただ悲しさや空しさが増すだけだ。
「神田姐さん、お客様ですよ」
襖越しから声がする。
さぁ、現実に戻らねば。
「あぁ…今、行く」
俺は乱れた帯を締め直し、自室の小さな窓を閉じた。
***