ハルキョン、キョンハル

□ハルキョン
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何だかんだ言っても律儀に北極上空からやってきた某将軍様(決して某国とは関係ないぞ)の季節感溢れるありがた過ぎて迷惑なくらいなプレゼントのおかげで、ここ数日の日本列島はは真冬本番といった寒さに見舞われていた。
 だが、我らがSOS団はそのような事態に直面しても活動に支障を来たさない程万全の構えなのだった。こんなこともあろうかと、ハルヒの奴は四方八方に手を尽くし、なんと部室に冬季限定の炬燵エリアを完成させていたのである。
 その炬燵台は鶴屋さん宅の故障品を長門がコッソリと例の呪文で修復したモノだ。ついでに炬燵布団類もそのとき廃棄される予定だったモノ、座布団は団員が各自持ち寄り、畳は……嫌な予感がするのでこれ以上考えるのはやめておくことにする。
 ちなみに、長方形タイプなので長辺部分には二人入ることが可能である。正方形で一人一辺占有のモノだったら、俺一人が寒い思いをする羽目に陥ったであろうことは想像だに難くない。
 なお、各員の定位置は、部室の窓側を背にしたハルヒから反時計回りで、長門、古泉、俺、空きスペース、朝比奈さんだ。ああ、朝比奈さんの隣のスペースに入ろうとした俺がハルヒの奴に全力で阻止された、なんてのもお約束だったな。
 まあ、そのような些細なことはどうでもいいのさ。午後の体育の授業で散々走らされた結果、変に汗をかかされたその反動で、猛烈に体が冷え切ってしまった俺にとっては、炬燵に入ることが出来るだけでも御の字というものだ。
 だが、もう予想がついている方もいらっしゃるかもしれないが、こんなときに限ってあの、天上天下唯我独尊傍若無人傲岸不遜な団長様が哀れな雑用係の希望を粉砕するというのは何故なんだろうな。
 まあ俺にもなんとなくだが予感めいたものはあったさ。学習効果とでもいうのか? って、こんなことを学習したところで何の得にもならないことにあとで気付いた俺は、ますますもって憂鬱になったのであった。
 と、前振りが長くて恐縮なんだが、その日部室に到着したとたん、俺に対しハルヒは以下のように命令しやがった。
「あら、いいところに来たわね、キョン。今から森村青果店まで行ってミカンのダンボールを貰って来てちょうだい。ええ、もう話はついてるから、受け取りだけでOKよ。やっぱり冬と言えば炬燵、炬燵には当然ミカンが必須よね。うんうん」
 やれやれ、また始まった。しかし、森村青果店って――まさか、朝比奈さんがバニー姿で客引きをしたあの祝川商店街のか?
 おいおい、ストーブのときの二の舞じゃないかよ。しかも、今回はアレよりもっと重い荷物なんだろうな、おそらく。
 是非とも古泉に手伝って貰いたいところではあるのだが、それを言ったところでハルヒの奴が了承するとも思えん。
 また副団長がどうの、雑用がこうのなんて言い出して、増えるのは俺のストレスのみ、モチベーションを下降させられるだけだ。
 抗議をする余力もなかった俺は、朝比奈さんと長門、ついでに古泉に挨拶する間もなく、溜息だけを残して回れ右、ミカンを求めて三千里の旅へと出発することとなったのだ。
 あの坂道を、また余計に一往復させられるなんて、どういう嫌がらせなんだろう。
 今度は雨――降ったりしないよな。

 はい、再び部室前。

 ああ、お蜜柑クエスト道中の詳細は残念ながら俺の口から語ることはないだろう。といっても何か言いたくないことがあったとかそういうのではなくて、正直意識が飛んでいたとでも言うべきか、とにかく、気付いたらもうお使いは終了していたのだ。
 おそらく俺はよほど余裕が無かったに違いない。あまりの苦行に脳内麻薬でも出ていたのかも知れん。さもなければトラウマの余り、一時的な記憶喪失になったとかだ。
 まあ、仮に何かの弾みで思い出すようなことがあったとして、俺と森村清純さん(46)の会話シーンなどと言う退屈極まりない代物を、どこのどいつが喜んで知りたがるのだろうか。無論、そんな奴はいない。
 と、何の実もないアホな話は脇に置いておくことにさせてもらう。

 入り口前に俺が立ち止まった瞬間、音も無くドアが開き、中から古泉が姿を現した。ニッコリ微笑んで、人差し指を口元に添える。
 待て、そのポーズは朝比奈さんの専売特許だ。お前のなんて見たくも――
「しー。……お静かに願います」
 古泉に導かれるまま、物音も立てないように室内に入る。
 そこには、編み物をするメイド服朝比奈さん。無心に本とにらめっこの長門、そして――。

 炬燵に突っ伏してすうすうと寝息を立てているハルヒの姿があった。

 味見用にミカンを三つばかり取った俺は、古泉に続いて静かに炬燵に脚を潜らせる。全く、やけに静かじゃないか。まあ、あのハルヒの奴がこの有様なんだからな。
 そのハルヒの寝顔を眺めながら、俺はミカンの皮を剥き始めた。何だか解らんが妙に心が安らぐ。冷たい外気に長時間さらされていた身体が、炬燵の温もりを得てリラックス状態、というのだけが理由ではなさそうな気がするのは何故なんだろうね。
 そんなことを考えながら、みかんを一房口に放り込む。って、酸っぱいな。甘みなんてほとんど感じないぞ。
 あわてて手元のミカンを全て剥き、それぞれの味を確認したが、全て超酸っぱい。まるで甘み成分が消失してしまったかのようだ。やられたな、ハルヒ。俺たちはハズレを引いたらしいぞ。
 俺の様子に興味を示したらしい朝比奈さんと古泉に、残った房をお裾分けする。二人とも一口味わった途端、その口を窄める。
 朝比奈さんのしかめっ面というのも例によって永久保存晩的可愛らしさであるのは当然だ。この先輩は何をさせても可愛いのだ。おそらく暴走族の真っ白な特攻服とかを着せて、木刀か鉄パイプを握らせてもドキドキ・プリティに相違ない。
 ついでながら古泉の普段見せそうにないレア顔というのも拝ませてもらうことも出来た。かと言って、それが嬉しいかと尋ねられればそんなことは全く無いと断言するまでなのだがな。
「長門も味見するか?」
「…………」
 僅かに横に首を動かす。どうやら拒否されてしまったようだ。ひょっとして長門は酸っぱいものが苦手だったりするのではないだろうか。どうだろうな。

 丁度そのとき、ハルヒがピクリと身体を動かした。
「う〜ん、むにゃむにゃ」
 目を覚ますかと思ったが、しばらく見ていてもその気配は無い。しかし、むにゃむにゃ、は無いだろ。「もう食べられないよー」とでもいうつもりか。
 と、その直後だった。
「ん――キョン」
 急に名前を呼ばれてびっくりする俺。って、何だ、寝言かよ。寝言は寝て言えってんだ、って今寝てるのか。そりゃそうだ。しかし、寝言にしては大声だ。なんというか、ハルヒらしい。
 ふと気が付けば、朝比奈さんが頬をほんのりと染めて、古泉の野郎はニヤニヤしながら、両者とも俺の方に注目している。
 そこで俺も感付いた。ハルヒの奴、まさかとは思うが、俺の夢を見てやがるんじゃないだろうな?
 動揺する俺に追い討ちをかけるように、ハルヒの寝言はこう続いた。
「あんた……案外――太く、て…………長いの――ダ、メ」

 一瞬にして部室内が凍りついた。

 はあ? 一体何を口走りやがりますか、こいつは?
 ああ、朝比奈さん、そんな真っ赤な顔して俺の方を見られても困りますよ。――おい古泉、その微妙な表情は何だ? ……って、長門、お前も読書やめてまで、何故俺のことをそんな眼差しで見つめるんだ?
 滝のような冷汗、そんな俺の状況を一変させたのは、やはりハルヒの一言だった。
「もう――鼻毛…………ちゃんとしなきゃ――いけない、じゃ」

 さっきとは別の意味で、空気が死んだ。

 直後、ひっくり返ってプルプルと身悶える朝比奈さん。
 古泉は身体を折り曲げ何とか声を出さないように堪えているが、もうしばらくすれば酸欠になりそうである。
 長門は何事もなかったかのように読書に戻った。が、気のせいか目が泳いでいるような気もする。

 その後もハルヒの寝言攻撃は間歇的に俺たち、というか主に俺、を襲った。何か言われる度に心臓が止まりそうになる。注目する三人。これなんて羞恥プレーなんだ? 今日だけで、おそらく寿命が十年は縮まったに違いあるまい。
「ん〜、ほら――キョン…………もっと――靴、下こっち、に」
 とか、
「キョ、ン…………歩きな、さ――早く……動かな、いで」
 とか、
「真っ黒、よ――――キョン……あんた、は……ど〜こまで〜も〜――あ、た、し」
 だとか、全くもって意味不明だ。
 ここまでシュールなことを言われると、一体どんな夢を見ているのか、かえって気になってしまうというものだ。
 ま、見せられても困ってしまうだけなのだろうが。やれやれ。

 結局、下校時刻になってもハルヒが起きる様子はなかった。仕方なく、俺と古泉はいったん廊下に退出する。
「それにしても、今日は中々興味深いモノを拝見させていただきました。僕は正直、あなたというヒトが羨ましくてたまりませんよ」
 何を言われても、今の俺には何の言葉も出ねえよ。
 古泉の奴の生暖かい視線を浴びながら、俺はひたすら朝比奈さんが着替えを終えるのを待っていた。

 しばらくして朝比奈さんが
「お待たせしました。あ、あの――涼宮さん、まだ……」
 と言いながら制服姿で現れたので、俺は室内に逆戻りする。
 長門は突っ立ったままでハルヒの方をじっと見ている。なあ、そろそろ起こした方がいいんじゃないか?
「…………」
 長門は何も言わず、俺に部室の鍵を差し出した。ってことはハルヒが起きるまで俺にここで待ってろってことなのか?
「そう」
「……解ったよ。あとはちゃんとやっとくから、お前も先に帰っていいぞ」
「…………」
 出て行きかけた長門だったが、ドアの前で振り向いてしばらく――十分近くかな? 俺の方をじっと見ていた。が、何事も無かったかのように静かに歩き去っていった。俺に何か言いたいことでもあったみたいだな。

 さて、問題はハルヒだ。
 お〜い、ハルヒ。そろそろ起きろよ。
「む――う〜ん……」
 ダメだこりゃ。俺はハルヒの肩を揺するつもりで手を伸ばす。と、
「もきゅ!」
 妙な小動物の鳴き声みたいな音と同時に、ハルヒの奴、目にも止まらぬ素早い動きで俺の腕を掴んで抱き寄せやがった。まさか、起きてるんじゃ――ないよな。
 で、そのまま俺の腕を枕代わりにしてすうすうと寝息を立て始めやがった。全く、いい加減にして欲しいものだ。って、おいこら、涎が垂れてるぞ。
 もう一方の手でハルヒの鼻を摘んでやろうとした瞬間、
「…………キョン」
 またしてもハルヒの寝言。俺は結局、そのまま腕一本を提供したまま、こいつが目を覚ますまで待つことにしたのだった。

 こんな幸せそうな寝顔を壊してしまうことの出来る輩なんて、全世界を捜しても見つけ出すことなど出来やしない、と俺でなくとも誰もが思うだろうからな。

 その後、俺たち二人が何時頃学校を出たのか、とか、目を覚ましたハルヒと俺の間に何があったか、なんてことを俺は誰にも言うつもりは無い。もう墓場まで持って逝くことに決めたのだ。はい、この話題終了。

 翌日の放課後。

「みんなー、キョンに持って来させたこのミカン、すっごく甘くて美味しいわよ! ほら有希、みくるちゃん、古泉くんも、一緒に食べましょう」
「あ、あれぇ――? あのぅ、なんだか昨日と違って全然酸っぱくないですよ」
「本当ですね。寧ろこれは……ほとんど酸味を感じない位です。一体どうしたのでしょう」
「……一晩で果肉内の糖度が急上昇。腐敗・発酵などの反応は特に認められない。原因は、おそらく……」

 ちょっと待て、長門。何で俺の方を見るんだ。って気のせいか睨まれてる気が……。あ、あの朝比奈さん、そんな潤んだ目で俺を見ても――、こ、古泉。なんかその目、お前にしては微妙に怖くないか、えっと、あの、もしも〜し、お〜い。
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