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感知可能な距離に入った途端、センサーに感じる機体反応。
どことなく変化している部屋の中の空気。
ああ、またか。鬱陶しい。
小さく舌を打って、沸き上がる苛立ちを少しだけ発散させた。



パシュン、とドアがスライドする。
次の瞬間視界に広がる見慣れたリビングに、馴染みある赤と馴染むなど考えたくもない色を見つけた。
センサーに引っ掛かった通り案の定そこに見つけた色は、次兄機体と何やら歓談していたらしい。
チリチリと回路を焦がす苛立ちに、しかしスネークマンは明るい声を出した。
「あれ、来てたんですね」
「お、ようスネークマン。久しぶりだな」
かけられた声に、普段この場にいない機体、フラッシュマンが振り返った。
その青い色の向こう、マグネットマンが何やら雑誌をめくっている。
「お久しぶりです。今日は何か御用でこちらに?」
「や、ここにはちょい野暮用で来てただけでな。もう帰るとこだ」
「そーでしたか」
「ああ。それじゃマグネットマン、悪かったな、時間を取らせた」
「いえいえー、楽しかったですよ。是非また今度〜」
「すまんな。何かあったら遠慮なく言ってくれ」
「はぁい、ありがとうございましたー」
「あぁ、じゃあまたな」
片頬を持ち上げて笑みを浮かべ、フラッシュマンはにこにこと笑うマグネットマンに
和やかに暇を告げて去っていった。
パシュン、とまたスライドしたドアが閉まった瞬間、スネークマンは苛々と大きく熱を吐き出した。
「やぁ、お帰りスネーク。何か機嫌悪いね、どうしたの?」
「わかってるくせに、わざわざ聞くまでもねーだろーが」
オクターブ声を低くして、スネークマンが吐き捨てるように唸る。
がらりとかわった目付きに、マグネットマンはやれやれとマスクの向こうでため息を吐いた。
「相変わらずだねーお前は。分かんないなぁ」
「はっ、っせーな。俺からすりゃおめーらの気が知れねーよ」
「何でそんなに嫌がるかなぁ、別に何もしてないでしょ、あの人?」
「お節介っつーか上から目線っつーか先輩面っつーか、兎に角うぜえよ。お前も、
 何もできねぇフォーマット状態じゃねえってのに、いちいち世話されて腹立たねーのかよ」
「別にお節介も上から目線も先輩面もお世話もされてないからねー」
ぺらり、と本のページをめくりながら、マグネットマンは素っ気なく返した。
声と内容に、スネークマンが訝しげに眉をひそめて視線を赤い兄に投げ掛ける。
「はぁ?」
「んー、ていうか、寧ろ逆?」
言いながらこくびを傾げるマグネットマンに、スネークマンは益々怪訝な顔をした。
「何言ってんだてめぇ?」
「や、だからね。俺が教えてたの」
「……は?」
「フラッシュさん、俺に教えを請いに来てたの。で、俺がそれに答えてただけ」
「ああ?」
「博士のマッサージの手順だってさー。いまいち血流とかつぼとか仕組みが分かんないからって」
「………?」
「ちょっとすまなそうに今暇かって、ちゃんと時間の都合も聞かれた。よければ
 教えてもらえないかって、控えめな頼み方だった」
のんびりしたものから一転、感情の籠もらない声で静かに嗜めるように述べる
兄機体を、スネークマンは黙って眺める。
その姿は黙って耳を傾けているようにも、怠そうに聞き流しているようにも見えた。
「あの人はおれらときちんと対等に視線を合わせてくれる。ただ、特にハードがそうだけど、
 困ったりさぼったりしたらアドバイスしたり助けてくれるってだけだよ」
「………」
「ちょっとね、偏見すぎ」
ちらり、とマグネットマンの視線が緑色の奥の紅玉を捕らえる。のんびりしている
普段とは違い、どこか厳しい色をその視覚センサーに浮かべていた。
「お前は視野が狭すぎるよ、スネーク」
「ケッ」
知ったことか、そう吐き捨てて、スネークマンは不機嫌さを隠そうともせずソファにどかりと座る。
「全く、困ったものだねぇ」
呆れたように言いながら、マグネットマンは読んでいた雑誌をぱたんと閉じた。
エクササイズやマッサージを特集しているらしいその表紙をちらりと視認して、
兄とあの前世代機がその雑誌を使って会話していたらしいことをスネークマンが知る。
「ていうか、話めっちゃ途中だったのに、フラッシュさんお前に気を遣って帰っちゃったじゃないか」
「あ?」
「あー言っとくけど、お前の演技、多分じゃなくばれてるからね」
「…!? ……そりゃ、てめーの気のせいだろ」
「どうだかね」
素っ気なく言うマグネットマンを尻目に、スネークマンは傍の棚からE缶を取り出してかしりと開けた。
下手に波風立てる気はない。ばれるようなヘマはしていないはずだ。
そう考えながら、E缶を少しだけ傾ける。

『あぁ、じゃあまたな』

ふいにリプレイのかかった、兄へと向けられた柔らかな声と表情に、チリリと
また回路が苛立ちに騒めいた。
唇にあたる缶の冷たさすら苛々する。
感知可能な距離にからとっくに外れ、センサーには感じられもしなくなった機体反応。
しかし、どことなく変化している部屋の中の空気は余韻が消えずに未だ戻っていない。
ああ、畜生。鬱陶しい。
強く舌を打って、沸き上がる苛立ちを発散させようと努力する。
今はもうどこにもない色をみまいとするように、スネークマンはきつく目を閉じて
E缶をあおるように傾けた。



おわり



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