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ぎしり、と間接が軋む。
動きにくい事この上ない。
それでも何物にもかえがたい。







冴え渡る空に、星が視認しきれぬほど幾つも輝いていた。
月の無い夜、雲もないそこ。シンチレーションがいいのか、輝きの揺らめきは少ない。
シーイングは良好。星を見るのに絶好の機会だ。
崖の上で潮風を感じながら、スネークマンは上に広がる光景を機体熱がどんどん
下がるのも構わず、ただ眺めていた。
海に面した崖なため、吹いてくる風は季節と時間も相まって酷く冷たい。
何時間そこにそうしていただろうかと、ふと回路で経過を確認する。
ちゃぷり、静かに液体の音が聞こえた。
スネークマンが赤い視線を送ると、彼の隣、青い機体が酒瓶を傾けているのが視認される。
少し視線をずらせば、その青い色の傍。彼が好むカメラが置いてある。
普通のものと違うそれは、固定器具で動かないよう固定されて上を向いており
シャッターが降りるまでに長い時間を費やして、星の動きなどを一枚の写真に
収め撮るものだとか何とか。
隣の機体本人から聞いた説明をぼんやり思い返しながら、スネークマンはほぼ
固まりかけていた手を数時間ぶりに動かしてみる。
ぎしり、と間接が軋んだ音を立てた。
その音に、青い機体、フラッシュマンがスネークマンを見やる。
「……、大丈夫か、スネーク」
「んー、暑くても寒くてもじっとしてんのとか得意だから、このくらい平気」
「……本当か?」
「本当ですよ。けど、寒いって言ったら暖めてくれたりする?」
ふざけて言いながら、カメラのレンズに映らないようスネークマンが軋む腕をのばしてみた。
バーカ知るか、と切り捨てられるかと思えば、しかしスネークマンの予想に反して
白い手がスネークマンの手をとった。
「!? 冷たっ! お前酒は!?」
「あーペース配分間違ったみたいで、結構前から空」
何かを接種すれば、それをエネルギー変換させ吸収させる機能が働いて熱が発生する。
星が肴ということもあって、だからこその酒盛りだったはずだったが、早々に
無くなっては意味が無い。へらりと笑うスネークマンに、フラッシュマンが慌てる。
「ばっか、何で言わねーんだ! 分ける分くらいあるっつーの!」
「だって、写真にも撮るくせに、あんたリアタイで楽しそうに星見てるから」
邪魔したら野暮でしょ。
叱り付けながら自身の手を包み込むのを眺めながら、スネークマンはまた笑った。
愛しそうに言う相手に、しかしフラッシュマンは深く溜め息を吐く。
「………そこまでして俺に付き合わんでもいーだろうに」
「あっ、ひっどいなー。それが健気な後輩に投げ掛ける言葉?」
「喧しい」
「ちぇー。…でもさ、聞こうかどうしようか迷ってたんだけど、何でこんなタイプの
 カメラで星空の写真撮ろうなんて思ったの?」
「あ? あー。いや、写真ってさ、止まってるじゃねーか、絵面は。けど結局な、
 時間なんて止まらねーんだよなーと何となく思ってな」
「はい?」
「止めても動いてんだ、絶対な」
わけわかんない、という顔をするスネークマンに、フラッシュマンは困ったように笑う。
そんな彼の右手が、スネークマンの手をさすった。
「まぁだから、たまには止まってるとこじゃなくて、何かが動いた軌跡っつーのを撮ってみたくなってな」
それだけだ。
「ふーん……」
止められないという言葉がカメラのことを言っているのか、彼自身の能力を指しているのか。
どちらともとれる言い様に、スネークマンは何故だか引っ掛かった。
「悪かったな、下らんことに付き合わせて。とりあえず酒飲めほら」
「……。んー、酒はいいや。でも質問に答えて」
「? 何だ」
「ねぇ、寒い」
「?? や、だから…」
「寒いって言ったら暖めてくれたりする?」
健気な後輩に、ご褒美がほしい。
答えを待たずに、包まれた手を握り返してスネークマンが引き寄せた。
自然近づく距離に、そっと唇を重ねる。
「っ……!」
ひく、と震える肩を包むようもう片方の腕を上げると、冷えた機体が軋みを上げた。
しかし、触れた先は暖かい。そして、逃げない。
動きの鈍い舌で唇をなぞると、星明かりのした水音が聞こえた。
鼻からゆるく排気が抜ける。
どこか羨望を抱くようにでも、楽しそうに星空を見上げている姿を見るのが、
自分にとって何物にもかえがたい愛しい時間。
時間なんて止まろうと動こうと、結局は自分はあなたを想う。


止まってるように見えて、星はまた少し動いて傾いていた。




おわり

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