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不安



「見えるか」
「靄程度にならな。はー、シーイング最高だわこりゃ」
「了解。けど愚痴はいらん。帰ってから言え」
「チッ、へいへい」
そんな会話を気楽に交わす。合わせる手の甲に数瞬交わる熱も、いくら任務直前とはいえ
そこまで高まっていない、気楽なものだ。
緩む唇に、しかしすでに互いに剣呑な光をアイセンサーに浮かべている。
声色とは真逆に、時を追う毎に機体の表面センサーはチリチリと辺りを漂う緊張感に反応した。
「失敗るなよ」
「誰に言ってる」
視線も向けずに呟く言葉。
赴く先は同じでも、足を進める方向は互いに違う。
傍にはいない別行動。互いにデメリットにならない別ルート。
リスクの少ない、邪魔にならない、合理的な侵攻。
しかしリスクが最も高いのは、そしてクライマックスなのは────互いが近づく、合流地点。


滅多にない共同任務に、フラッシュマンとクイックマンは就いていた。
フラッシュマンは迂回ルートを密やかに進みながら、相性が最悪といっていい
兄機体の侵攻スピードを演算し右腕を使うタイミングを探す。
範囲外なことを考えながら、静かに進むために時折発動させて敵を仕留めた。
フラッシュマンは考える。
この任務を、兄機体の性格や自身との性能の相性をまるで危惧していないといえば、
それは全くの嘘になった。
この二つ上の兄との任務は、まるで毎回賭けをしているようだとフラッシュマンは思う。
そしてどんなに危惧しても大半が成功に終わるそれは、賭けるだけ無駄だと
思わせるものがあった。
確かにパーセンテージは低下していた。
しかし、だからとて0ではないそれは、やはり絶対ではあり得ない。
あり得ないからこそ。だからこそ。



「───クイック!!」

気付いたときには遅かった。
右腕も間に合わない。そうと思いつつも、エネルギーはそこに向かう。
側頭部に被弾した機体が、頭から横に吹っ飛んだ。
前進しようとしていたはずのそれが、ぐるんと不自然な体勢に傾く。
地面に叩きつけられる寸前のそれに、漸く右腕が発動した。
硬質な音が響き、全てが動きを止める。
凍り付く音の中、今にも地面と激突しそうな、しかし文字通り凍ったように
不自然な体勢で空に浮いた状態で停止した、赤。
もう激突の心配はないのに、それに慌てて左腕をのばす。
止まった瞬間からダメージを負ってしまうその不可抗力に、せめて少しでも軽減しようと
頭を抱えた瞬間に時間の停止を解除した。
途端動きだす全てに、機体の重さに衝撃が加わって更に重くなり地面に突き進む
赤を、左腕に懸命に力を込めて引き上げるように胸に抱き込む。
殺しきれない勢いに、踏張ったものの体勢が悪く少々バランスを崩された。
しかしその動きすら利用しながら、銃撃してきた先を睨み付けて壁面のレーザー口
目がけてバスターを連射する。
この場から抱えて逃げられる速度で動けるような機動力は持っていない。故に、
一面をひたすら絨毯爆撃した。
少しして、片付いたのかと判断するため僅かの間止める。何の動きもなくレーザーも
飛んでこないと確認してから、初めて腕の中を覗き込んだ。
「クイック!」
ごろり、と、二つ上の赤い兄機体が腕の中で転がる。
被弾した側頭部は黒く焦げ、装甲が割れるなどの損傷はしていないが意識が
落ちているらしく、動かない。
「クイック、クイック!!」
動かない事実に、大したことない筈だとどこかが告げるものの思いの外回路が冷え、
思わず大きく名を呼んだ。
ああ畜生。
これだから、だとか。あれ程、だとか。散々、だとか。嫌という程、だとか。普段から、だとか。

────だから言っただろうが。

本当ならそんな言葉がぐるぐる駆け巡るはずの回路は、しかし何も形を為さない。
ダウンした故の、機能を失っている暗い目に映り見えた自分の表情は、焦燥に
駆られ何かに怯え、情けなく歪んだアイセンサーは、みっともない程縋るような色をしているようにフラッシュマンには見えた。



「だっからノープランに突っ込むなっつってんだよ何が誰に言ってるだふざけんな
 大体何回言や回路やメモリに残んだマジいい加減にしやがれこのトリ頭!!!」
「なぁ、ちょ、わ、悪かったけどよ、一息に言うの止めろ頼むから…!」


危惧することを捨てきれないのは、キズ一つ負わないなどあり得ないと知っているから。
冷静さも何もかも乱されるのは、その足で走り進む姿に知らず安堵を覚えていたから。
自分で気付いていない不安を我知らず隠して、幾度も幾度も叩き込む。
ただ一つ、傷を負うなと。願い請うように、そのためだけに。



おわり

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