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□cadeau
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そっと、指が近づけられて唇に触れる。
押し当てられたものは触れた先より冷たく、故にそこからじわりと
熱を吸い取り始めた。
ただ静かに視線を注いでいたアイセンサーが少し細められる。
薄く開いていたものの殆ど閉じられている唇が、微かにその範囲を広げた。
唇がそれを軽くはみ、次いで舌が覗いてちろりとなぞる。
熱を吸い取られた先である唇が、その結果をうけて僅か艶めいた。
広がった唇の隙間にくわえられていたものがさらに押し込まれ、
しかし意外に呆気なくするりと受け入れられて異物が口の中へと滑り込む。
かり、と噛んだ音がきこえた。





cadeau





「俺には甘すぎるぞ、コレ」
「え、まだ甘い?」
唇についた溶けたチョコレートを舐めとりながら言うフラッシュマンに、
メタルマンが声を返した。
広間のソファ、メタルマンとフラッシュマンが座っている。
メタルマンの手には銀のプレートが握られ、さらにその上には
焦げ茶色の丸い粒が二列に綺麗に並べられていた。
先程長兄に半強制的に食べさせられたチョコレートをもぐもぐと
咀嚼しながら、「食えねえこたぁねえが、も少し甘さ控えめなのが
好みだ」とフラッシュマンが感想を述べる。
そうかぁ、と呟くメタルマンは、エプロンと芳醇なチョコレートの
香りを機体に纏っていた。
世に言うバレンタインシーズン。
メタルマンは父や兄弟機のためにチョコレートを作っていた。
「でも甘党組にゃちと甘さ足りねぇんじゃねえか?」
「あ、大丈夫、博士とクラッシュとウッドのはもっと甘くして
 あるよ、ヒートは特別にそれのフォンデュ。バブルは甘いのと
 甘さ控えめなのと両方の予定。今あるのは全部甘さ控えめのやつ」
父たるワイリーには父自身の好みの他に、研究に疲れた身体に
効くように、フラッシュマンを除く後発機体とバブルマンには単純に
彼等の好みを考えて甘いチョコレートをメタルマンは贈るのだという。
傍のテーブルには他にも銀のプレートが数枚並び、それぞれ甘さが
違うのだろう、ミルクからビターへと色が若干のグラデーションを
織り成していた。つまりフラッシュマンはメタルマンの甘さ控えめの
チョコレートの試食役をしているのだ。
「ところで」
もう一段色が濃いチョコレートがのったプレートを手に取り一粒
摘み上げ、フラッシュは今年は何あげるの? とメタルマンが尋ねる。
もうチョコレートに視線を送ることはせず、趣味であるカメラの
雑誌をパラパラとめくりながら、フラッシュマンは怠そうに呟いた。
「さて、面倒くせえ、袋菓子でもばらまいてやろうかね」
「こら」
家族や恋人、友人などといった大切な存在に贈り物をする日。
それを面倒だと言う六弟に、摘んだチョコレートを口に近づけさせ
ながらメタルマンが窘める。むぅ、と睨んでくる長兄に、フラッシュマンは
やれやれと溜め息を吐いた。
「冗談だよタコ」
差し延べられる丸い粒を受け入れようと、軽く顔をそちらへと
向けて唇を開く。深い色身の赤い手が摘んでいるそれを視認し、
軽く目を伏せた。
「まだ考え中だ」
言いながら歯でそっとくわえる。それはすぐに口の中へと消えた。




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