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□代償
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自分が今デジタルの世界に潜っての仕事中であることを知らないものはいない。
普段戯れついてくる兄弟機は、しかしこんな時には流石に邪魔はしない。
仕事を邪魔してまで声をかけようとするものはごく限られている。
その中から消去法を用い、この現状でも呼ばれたことと、しかし信号の細やかさ
から別に重要な案件ではないこと、自分を呼んだ相手が誰かが容易に推察できた。
「……さぁて、どうしよっかねぇ、と言いたいとこだが、まぁいいか……」
一応一段落したところであったこともあり、フラッシュマンは作業を中断する
ことにした。すぐに戻る、と言いたげに壁を優しく一つ撫でると、答えるかの
ように壁が優しく光を揺らす。
それに軽く笑みを浮かべ、フラッシュマンは力を抜いて目を閉じた。
直ぐに浮遊感が消え、次の瞬間には重力を、機体の重さを感じる。そして、
送られてきた信号と同様に、控えめな声を聴覚センサーが感知した。


「………フラッシュ、フラッシュ…?」


自身から鳴る駆動音を、次いで周りの音や目蓋を通して光を感じる中、ゆっくりと
フラッシュマンがアイセンサーを起動させる。
すぐに彼の視界に入るのは、深い色身を湛えた赤い手。
その手がそっとこちらへとかざされ、頬を優しく撫でた。
フラッシュマンは擽ったさに、その手から逃れるように顔を傾ける。
ぼんやりしたままの目を微かにすがめた。
唇を小さく開いて排気し、一度目を閉じる。
目蓋を閉じると、乾いていたそこに洗浄液が排出され、潤滑が先程より
スムーズになった。やや多めに排出されたため、アイセンサーはそのせいで
平時に比べより湿り気を帯びる。
ちろりと視線を上げた。
心配そうな目をした赤い機体、長兄のメタルマンが傍に立ってこちらを見下ろしていた。

───やっぱりてめえか。
そうぼんやり思いながら、フラッシュマンはスタンバイモードになっていた機体を
やれやれと解し始める。しかし、椅子にゆったりと腰掛けたコードまみれの機体は
あまり大きくは動けなかった。
伸びをする六弟に、メタルマンが声をかける。
「お早よう、フラッシュ」
「もっと寝かせろ」
かけられた言葉に間髪入れずフラッシュマンがぼやくと、メタルマンは困った
ような笑みを浮かべた。寝てたんじゃないくせに、と言いながら、頬に触れた
赤い手が今度はよしよしと愛しげに頭部を撫でる。
その手にフラッシュマンの片腕がのび、きつめにつねった。
親愛の表現とそれを厭う、酷く地味な攻防を繰り広げながらメタルマンが再度口を開いた。
「進行はどうだい?」
「んー、まぁぼちぼちだ」
「そう……」
言外にまだかかる、という言葉に、メタルマンがどこかしょんぼりと声を洩らす。
自身をつねってくる六弟の手に、もう片方の手を重ねた。赤い色に包まれた白い
右手の────先程までスタンバイモードだったが故の冷たさを感じながら───
心配そうにメタルマンが呟く。
「……あまり、根つめないようにね?」
「ヘイヘイ」
案じる言葉に、フラッシュマンは溜め息混じりに返事をした。




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