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装甲のセンサーが小さく柔らかな接触を感知する。
それはすぐにこちらの温度を吸い取り、とろりと音もなく装甲を滑りだした。
次々と機体中を撫でていくその感覚を、抗うことなくただ味わう。
熱を持ったアイセンサーを休ませようと、目蓋を落とした。
薄暗く静かな中、火照った機体が濡れて艶を帯びる。
散らそうと吐き出す熱は、空に白くあらわれてすぐに霧散した。



鬼ごっこ



「雪じゃねえか、どおりでヒートが寒い寒い騒ぐわけだ」
こりゃシャッターチャンスだな。
基地の外、ぼんやりと立っていたクイックマンの聴覚センサーが、自身以外の
声を感知した。オフにしていたアイセンサーを起動させてクイックマンが声の
方へ視線をやると、ちらほらと白いものが音もなく降り注ぐ向こうに青と黄色の
機体が視認される。
クイックマンの二つ下の弟機体、フラッシュマンがこちらへと歩いてきていた。
カメラを持っていることから、また彼の趣味である写真を撮りにでも来たの
だろう、とクイックマンが思う。すると、案の定というべきか、ぱしゃりと
音が鳴り、フラッシュがたかれた。
「ようハゲ。勝手に撮るな金取るぞ」
「嫌ですデコ。で、雪ン中こんなとこつっ立って、何してんだてめえは?」
「走ったあとだから雪の冷たいのが超気持ちいい」
「あー、さいですか」
弟の呆れたような声を聞きながら、クイックマンは空を仰ぎ再度目蓋を閉じる。
彼は日課にしているランニングを終えたばかりだった。
つい先程曇りだった空から雪が振り出したのだ。走って熱を持った機体にそれは
酷く心地よく、触れた途端に溶けて水滴となり滑り落ちる様は少し擽ったかったが、
冷ますのに絶好のものだった。
時折鳴っていたシャッター音が途絶えた頃、クイックマンが声を上げる。
「なーおい、ハゲ?」
「何ですかクソデコ?」
「積もると思うかこれ?」
「あー、んー……微妙だなこりゃ。積もっても薄ら、ってとこだな」
「なるほど、薄らハゲか」
「そうかそうかそんなにタイムストッパーが食らいたいか」
「いりません。な、積もったら雪合戦しようぜ?」
「面倒臭い」
「空気読め」
「面倒なもんは面倒です。って、おい、あーあー、びしょ濡れじゃねえかてめえ。
 機体拭いてから基地入れよ。兄貴がうるせえ」
「む、んだよ、お前だって濡れてんじゃねえか」
「てめえ程じゃねえ、どっちかっつーと俺は積もってっから払う程度で済むわ」
「お前そんなに機体温冷たいっけ?」
「走ったあとだからてめえの機体温がたけえだけだドアホ」
べしべしとクイックマンの肩や背の水滴を払い落とし、「んじゃ、俺もう戻るわ」と
言ってフラッシュマンは基地へと歩きだした。片手を上げてひらひらとふる。
「冷ますの程々にしとけよー」
「んー。って、お前そういや何撮ってたんだ?」
「あん? 色々だ色々」
「ふーん?」
「あー、あと、てめえの間抜け面な」
「…は?」
「水も滴る何とやらっつーのに、随分なアホ面だったぜ、色男?」
クイックマンの惚けた声に、フラッシュマンは振り返ってカメラをちらつかせ
ながらにやりと片頬を持ち上げる。
「っ……!? なっ、んだそれ! そんなに変な顔してなかっただろうが!?
 てかマジ金取るぞそれ!? フィルム寄越せ!!」
「やーなこった。折角の絶好のアホ面だ、バラまいてやる」
「てめっ…!!」
悪戯な笑みを浮かべたまま、フラッシュマンが逃げるように駆け出す。
青い装甲に粉砂糖のように降り掛かっていた雪が、さらりと零れた。
その零れた雪が、赤い機体が追い掛け走り去る熱で瞬時に水滴に変わり、
ぽたりと地面に落ちる。
またもシャッターの音と、次いで爆笑する声と怒号が聞こえた。
地面に薄く積もっていた雪が、赤と青の足に踏まれて熱で溶けだす。
笑い声と怒鳴り声が響く中、雪が積もるのはまだ先になりそうだった。


装甲のセンサーが小さく柔らかな接触を感知する間もなく、雪がすぐにこちらの
温度を吸い取ってとろりと溶け、装甲を滑り落ちた。
次々と機体中を撫でていくその感覚を、味わう間もなく水滴が振り払われる。
逃げ回る青を捕らえようと、クイックマンがフラッシュに眩むアイセンサーの
精度を上げた。
薄暗く喧しい中、熱を持った二つの機体が濡れながら走り回る。
散らそうと吐き出す熱は、霧散する暇なく空に白くあらわれていた。




おわり
09年12月5日 更新

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