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こんなに近くに咲き誇っていても、まるで実体がないかのようにそのまま透き通りそうな白。
眺めるうちに引き込まれ、くらり遠近の感覚が分からなくなる。
手を伸ばしても、するり通り抜けそうな、不可思議な淡さ。
指先に触れるひとひらは、捕まえる前にひらり翻った。



「満開だな」
「そうでござるなー」
咲き誇る桜を眺めていたシャドーマンの背に、フラッシュマンが声をかけた。
麗らかな春の午後。
つい、とシャドーマンが背後の青を見やれば、そのさらに向こうには旧型の機体たちと
自身の兄弟機たち、そして創造主がわいわいと騒いで飲んでいた。野外にもかかわらず
すっかり出来上がっている様子は酷く楽しげで、次々と酒の瓶が空いていく。
そのペースは個々によって違うが、そろそろ倒れるものも出てきた。
花見の宴の最中である。
にっこりとシャドーマンが笑った。
「盛況に御座るな」
「煩えくらいにな」
困ったように肩を竦め、フラッシュマンがちゃぷんと手に持った瓶を揺らす。
シャドーマンの隣に腰を下ろし、シャドーマンの杯に雫を注いだ。それを「かたじけない」と
シャドーマンが受け取る。自身の杯にも注ぎながら、ふと、フラッシュマンがぎっしりと
花をつけている枝を見上げた。
「珍しくお前が静かだと思ったがよ、桜好きだったのか?」
「珍しくとは心外な。拙者とて静かに景色を愛でることもあるで御座るよ」
シャドーマンの答えに、へえ、とフラッシュマンが片頬を持ち上げる。
「言っちゃ何だがよ、桜ってお前みてえだよなぁ」
「? はて面妖な。かような麗しい美貌を兼ね備えているつもりは御座らぬよ。
 というかその賛辞はジェミニ殿が聞いたらまかり間違えば拙者殺されるで御座る」
くわばらくわばら、言いながら、シャドーマンは杯を傾けた。それに冷めた視線を
向けながら、フラッシュマンも杯を傾ける。
「別にお前が見惚れる程綺麗とかキモいこというつもりないから安心しろ馬鹿。
 ……というか、今のは俺の言葉選びが悪かったな」
がりがりと頭を掻いて、フラッシュマンは杯を置いた。
「何か、桜って何となく朧気な感じしねえ?」
「それは同意するで御座る」
「普段煩えくらい騒いで馬鹿やって、すげえ目立つようで、なのにいきなりするっと消えたり、
 いるのにいねえみたいな、…まぁそんなとこがお前みたいだと思ったわけよ」
「…ふむ。あまりいい意味には聞こえぬで御座る」
「褒めてんだぜ? 忍者らしい、ってな」
「左様で御座るか? 妙に納得いかぬで御座る。主に先程の前半部分に」
「……普段仕掛けやら悪戯やらしでかして騒ぎの原因になってんのはどこのどちらの
 どなた様でしょうねえ? 今俺の隣にいる気がするんだが」
「はっはっは、気のせいに御座るよフラッシュ殿」
笑ってシャドーマンが誤魔化せば、どす、と脇腹をこづかれる。「酷いで御座る」と
むくれれば、フラッシュマンは思わずおかしそうに笑い声をあげた。

その姿を眺めながら、シャドーマンはぼんやり思う。
指先からするり消えるような朧気な、しかし豪勢に咲き誇る花に似た様は、寧ろ
この隣の旧型にこそ当て嵌まると。
いつかみた模擬戦闘。
鮮烈な姿を視界に晒しながら、なのに掴む事すら叶わぬまま目の前からするり消える。
味わった時の支配。
ひらひらと光とともに姿があちこちに移り、目で追ううち引き込まれ、くらり
遠近の感覚が分からなくなった。
そこにいるのに手を伸ばしてもするり通り抜けそうな、不可思議な存在感の淡さ。
ふいに腕をのばして、音もなく舞い降りる花弁を追う。
指先に触れる散り落ちたひとひらは、捕まえる前にまたひらり翻った。




おわり


12年4月1日 更新


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