Main2

□2
26ページ/31ページ






どぷん、と響く重い音。
自身とともに紛れた空気が、大小様々な幾粒もの泡となって機体に絡み付く。
しかしそれらはすぐに自身とは逆、水面へと群れをなして上っていった。
きらりきらりと煌めきながら上り、そして徐々に小さな粒だけになっていく
名残のような泡の列を見送る。
そしてその先を視界に納め、沈み行くにまかせるがまま、機体から余計な力を抜いた。
表装のセンサーたちを柔らかに撫でながら、水は自身を奥へ深くへと誘う。
包まれ、深さを増すにつれてどんどんと冷えていく水温は、機体から熱を奪い駆動力を削いでいった。
それはシステムが閉じられ、眠りに落ちる感に似ている、と思い、少しだけアイセンサーを閉じる。
そうしてまた開いた視界にうつる光景は、より輝きを増して見えた。




「何してんだ、兄貴」
「ん? お月見」
にっこり笑いながら、バブルマンは少し呆れ顔の弟機体と視線を合わせた。
「ふーん?」
問いの答えに対して若干冷ややかな声を上げる青い色に、バブルマンはどうしたの? と首を傾げる。
「いっきなりいなくなったと思えば、何でこんな時間にあんな水深でお月見なんですかね」
信号発信位置みたメタルの馬鹿が大騒ぎだったぞ、ったく。
がしがしと後頭部をかき、青い機体、フラッシュマンは水面から顔を出して
ぷかぷかしている三兄機に愚痴混じりに声をかけた。
「えー、だって綺麗なんだよ。今日満月だし」
「満月なのは分かってっけど、あの水深は何なんだよ。わざわざ海出なくたって、
 ふつーに基地から見りゃいいだろーが」
「だから、水中からみるのも綺麗なんだって。見てみるかい?」
「……………」
問い掛けに黙り込んだ弟機体に、バブルマンはふふふと笑う。無言の理由を汲み取り手を伸ばした。
「大丈夫、ちゃんと支えてあげるよ」
「そういってこの前手ぇ離したろーが、兄貴」
「そうだったかな?」
「………」
「ごめんうそうそ、お前の反応が面白かったから、この間はついね。けど今度はしないって」
「どうだかね」
「しないって。ね、だからおいで」
ね? と差し伸べられる手に、フラッシュマンは少し考えたあと、この三兄機が
やたら勧めるのを不思議に思いながらも「……わかったよ」と手を取った。
次の瞬間、ばしゃん、と飛末があがる。
細かく砕けた水泡が、またきらきらと存在を主張して、そしてすぐに消えた。
ごぽごぽと暗い海中を、沈む速度そのままに下へと降りていく。
水面から差し込む光の筋が朧になる頃に、バブルマンが降下を止めた。
そして、ほほ笑みながら、つい、と水面を指差す。
口を手で覆いながら少し憮然とした顔のフラッシュマンが、それにしたがって上を見上げた。
確かに美しい光景であることは知っている。けれど、幾度ものこの兄との任務で
目にしていることも事実なのだ。
何を今更と、そんな思いがフラッシュマンには拭えずにいる。

「………!!」

しかし視界に飛び込んできた光景に、アイセンサーを見開いた。
月が。
空に輝く白い月が、水面を隔てることで光が砕け、揺れる波で幾度もその模様をかえる。
空の闇と海の闇をキャンバスに、不思議と圧倒的な月光が幾筋も自由に視界を彩っていた。
真円を描いているはずの月の丸みは、今はぐにゃりとゆがみ揺らめきそして砕け、
また固まることを繰り返す。
機体から未だのぼるこまやかな水泡が、星のない代わりのように光を返した。
今までも見たことがあるはずの光景に、しかしフラッシュマンは見上げたまま固まる。
普段の満月とは違い、月光の強さが通常の比ではない。
「……………」
「ね、綺麗でしょう?」
見惚れている様に嬉しく思いながら、バブルマンはフラッシュマンに笑いかけた。
「今のこのタイミングね、スーパームーンって聞いたことない? 特に月が近くなる
 時だから、普段とはまた違うんだよ。だから見たくてさ。それにこれね、前から
 フラッシュにも見せたいと思ってたんだ」
だから無断外出しちゃった。そう続けると、今は喋れないフラッシュマンから通信が入る。
『兄貴?』
「ん?」
『……今度は、カメラ持ってるときに誘ってくれよ』
「了解」
一瞬きょとんとしたが、咎めに来たはずの弟機体の通信にバブルマンはすぐに頷いた。


薄暗い中に差し込まれた、いつもより強い月の白い光が優しく揺らめく。
たまの無断外出。
理解者が出来たことに、バブルマンはまたふふ、と笑みをこぼす。
水泡が、月光を受けてまた輝いた。



おわり

11年10月28日 更新

次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ