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物音。
反響。乱反射。そして残響。
はかる距離。ゆるゆると流動する空気。触れる無機質の感触。
光源すら、今は感知できない。閉塞感。焦燥感。孤独感。
手を伸ばす先は、ただ空を掠めた。





「動くでない、じっとしておれ」
ラボの中、ワイリーがぴしりと言い放つ。
彼の視線の先───メンテナンス台には六番目の機体、フラッシュマンが横たわっており、
僅かに上げた腕を嗜められて諦めたようにおろしたところだった。
青い色に何か変化は見られず一見機体は無傷に見えたが、その頭部、目元には何故か布がおかれている。
顔の上半分を覆われ、フラッシュマンが戸惑うように僅か首をワイリーの方へ───
正確には父の声のした方へ───傾けた。布が少しずれる。
「これ、動くなと言うておろうが」
すぐにまた嗜める声が飛んできたが、思いの外傍で、しかも少し声を潜めて優しさを
滲ませて聞こえたのでフラッシュマンの機体から少し力が抜けた。
暖かな手が頬に触れ、向きと布の位置を直す。
ふ、と落ち着いたようにフラッシュマンから排気がこぼれた。

フラッシュマンは、今視覚を司る機能が完全にいかれていた。
ただの映像機能だけでなくソナーからサーモグラフィ機能から、位置を把握するための
機能全てが役に立たなくなっていた。原因は、不明。
「不便に思うじゃろうが、暫らく動くでない。原因がわからんとどうしようもないからの。
 とりあえず今ウイルスがないか解析をかけておる」
「すみません」
「何、心配するな、すぐに直してやる」
すまなそうな声に、ワイリーはフラッシュマンの肩をぽんぽんと撫でてやる。
だが、次いで困ったようにため息を吐いた。
「ただ、そんな状態で一人でここまで歩いてきたのは些か呆れるがのう」
「マップは頭にあるから、何とかなるかと思って。あとは反響音で位置を演算して」
「いくら情報処理に強いとて、何もそんな器用な真似せんでいいわい」
全く、とワイリーは困ったように笑う。
「お前はどうにも頼ることを知らん」
「いや別に……」
「違うか」
「?」
「甘えることを知らんな」
「………」
からかうようなワイリーの言葉に、しかしフラッシュマンは何と答えていいのかわからず黙る。
その間に、ピー、と解析終了を知らせる音がなった。
「ん、ウイルス検出なし。ふーむ。単純に破損かのう。じゃが機能全落ちとは、
 偉く深い部位の可能性があるが…最近の任務先で何か心当たりはあるか、フラッシュ」
「さあ…最近は特に…あ、強いて言うなら、砂漠地帯で砂嵐にあったくらいかと」
「細かい砂粒が紛れたか」
「あーでもそんなくらいなら博士がしなくてもメタルが帰還まで待てば…俺は
 このままでも動作は何とかなりますから」
「アホか。あんなにふらつきながら歩くな危なっかしい」
「う…」
ばっさり切り捨てられて、フラッシュマンは起こそうとした機体を気まずそうにまた元に戻した。
「まぁ、たまには甘えておけ。お前はもう少し手をかけさせることを知るべきじゃ」
「その台詞、メタルにだけは言わないで下さいよ」
楽しそうに笑う父に、フラッシュマンはげんなりと返した。
布の上から、目を覆うように添えられた手に自身の手をそっと重ねる。
触れた手はほんのり暖かかった。唇が、安心したように少しだけ開いてまた一つ熱を零す。



物音。
反響。乱反射。そして残響。方向が分からなくなる、音の混雑。
はかる距離。ゆるゆると流動する空気。触れる感触。統一性のないそれに、センサーは戸惑い反応が鈍る。
光源すら、今は感知できない。圧倒的な閉塞感。込み上げる焦燥感。手を伸ばして、何にも触れない、孤独感。
叫びたいのに、声すら出せないような、恐怖感。

それでも、あなたの声だけで、温もりだけで、こんなにも自分は安心できる。
これは確かに甘えだろうと思うのだがと、フラッシュマンは回路の端で小さく呟いた。





おわり

11年8月27日 更新


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