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探して、見つけて、だけど目当ての存在はそこにいない。
脱け殻を残して、どこか自分には知り得ない遠くにいる。
呼んではいけない。触れてはいけない。邪魔をするのは、許されていない。
ああそれでも。
起きないかな。
そう思って、肘をついてその脱け殻を静かに眺めた。


内緒



ラボの中、ヒートマンとフラッシュマンが静かにそこにいた。
フラッシュマンは目を閉じ深く椅子に腰掛け、微動だにしない。機体中にコードが
接続しており、ラボのシステムに繋がっていることからダイレクトリンクで
どこかに意識を飛ばしているらしいことが伺えた。
ヒートマンは、何をするでもなく傍の台に肘を突いて、その様子を眺めている。
今日の天気は雨が降っており空気も湿っぽくて、そのせいであまり気分が晴れないので
この兄に遊んでもらおうと思ったのだ。
機体反応を探せば基地内にいるとセンサーに感知されたものの、しかし肝心の
兄機体は午前中からずっと任務についているということを失念していた。
眠っているような兄は廃熱すら殆ど行わず、ガラの悪い目付きのアイセンサーは
今は閉じたまま開く気配はない。
仕方のないことだが、それでもヒートマンは不満げに唇を尖らせた。
末弟の森の傍の草地に、紫陽花が咲き始めているのだと、教えたいのに。
下らない我が儘を言って、いつものように面倒臭そうに、構ってほしいのに。
つまらないな、と思う。
意識だけを飛ばして、情報を奪ってくるという、この兄が得意とする任務。
絡み付くコードは、まるで兄を抱き込んで閉じ込めてしまおうとしているようにも見えた。
任務を邪魔するわけには行かないので、呼び掛けることも触れることもしてはいけない。
あーあ、とヒートマンは退屈そうに溜め息を吐いた。事実、彼は暇で暇で仕方ないのだ。
台にもたれ、ゆるりとアイセンサーを閉じる。

早く帰ってこないかな。早く目を開けてくれないかな。退屈だな。相手をしてほしいな。
声を聞きたい。抱き上げてほしい。
絶対に言ってなんてあげないけど、─────寂しい、な。

そう回路で零し目蓋を開けると、閉じる前と同じ光景が視認される。
恨めしげにヒートマンがその無表情を睨み付けると、しかしふと青い胸の奥に
ある動力炉が出力を上げる音を感知した。
「……!」
ぱ、と台から顔を上げる。待った甲斐あってどうやら兄機体は戻ってきたらしい。
そう思うと同時、無表情だったフラッシュマンの唇が、ふわりと穏やかに弧を描いた。
(! あ……)
あまり見せない、しかし自分と末弟と、あと父にとっては珍しくない、この兄の優しい笑み。
普段馬鹿笑いかにやにやとした笑みしか浮かべない兄の滅多にないそれに、
ヒートマンは兄の任務がうまく行ったことを知る。
ゆる、と目蓋が開いた。眠そうな視線は、少しの間ふらついてヒートマンの顔の
あたりで焦点を結んだ。ひらりとヒートマンが手を振る。
「……ヒート?」
「やっほー、お帰りー」
「……おぅ、ただいま。どうした…?」
「構ってー」
「かま………お前ね」
「いいじゃん、いい子で待ってたんだからー」
「……データ纏めっから、もうちっと待つならな」
「えー」
「嫌ならなしだ」
「あ、嘘嘘、ちゃんと待つ待つ」
コードを外して立ち上がる兄に腕をのばせば、ったく、と仕方なさそうに
抱き上げられた。しかしまだリンクの余韻で頭がはっきりしておらず捻くれさが
発揮しきれていないせいだろう、唇が先程のように穏やかに弧を描いている。
その笑い方が少し擽ったくて好きだと、内緒話のようにヒートマンは回路の中で呟いた。
寂しかった感情は、いつの間にやら霧散していた。


おわり
10年5月24日 更新

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